巡り巡らせた縁の話。
「……出張?」
とある日、仕事の関係で暫く遠くへに出掛けるのだと夫は告げた。
「ええ、はい。そうです」
きょとん、とした顔の魔女に彼は表情を少し緩める。
「少々長引くので、先に貴女には伝えなければと」
貴女も寂しがりやですからね、と彼は目を細めた。
「そうなんだ……」
頷き、彼の事だから空間を移動する魔術なり呪術なりの術式や札で何とかできるのでは、と疑問が擡げた。いつもは、そうする筈。
それに最近、彼の様子がおかしいような気がしていた。
「……どこに行くの?」
「と或る公爵領地……俗称で言えば、『熊公爵』の地です」
不安気に問えば、夫は淀み無く向かう場所について述べる。
この国の、他国由来ではない4つの公爵領地の内の一つだ。
熊のように身体が縦にも横にも大きく、ついでに厚みもある者が多い地方の公爵。
その土地は人は多くなく、人口密度がかなり薄い。穀物栽培や野菜農業、畜産、林業、等が中心地を除く土地の殆ど全てで広く行われているような場所だ。
つまりは人口の少なく、だだっ広いど田舎の土地(作中の価値観)。
「そんなところに、何の用事……?」
特に魔獣の出没が異常だとか、珍しい古文書等が見つかっただとか、宮廷魔術師の彼が興味を抱くような物はそう無いであろう土地だ。
「命令でその場所へ向かうよう、指定されたもので」
いつものように、涼しい顔で彼は淡々と言葉を紡ぐ。
「い、行かないで!」
「何故?」
咄嗟に彼へ訴えるも、穏やかだが冷たく固い視線が返された。
「え」
理由を問われても、答えが出ない。
「……何時もは、止めないでしょうに」
どう言おうか迷う間に、夫は何故だか表情を緩める。
「えっと、」
視線を巡らせ、必死になって言葉を探した。だが、どう言うべきなのかがわからない。
だけれど、何故だか酷く嫌な予感がするのだ。
「と、とにかく行かないで!」
彼の側にまで駆け寄り、ぎゅっと胴体を抱き締める。何処にも行ってしまえないように、目の前から居なくなってしまわないように、しっかりと捕まえておきたかった。
抱き締めた拍子に感じたその匂いや暖かさ、肉体の硬さに魔女は涙が溢れそうになる。
「……『何となく』の理由で、止められるとでも?」
問う彼の声は、優しい。
そして、ゆっくりと頭を撫でられ、まるであやされている心地だ。
「でも……」
抱き締める腕に力を込めて更に彼の服を握る。
「其の様に。力を込め過ぎると貴女の身体障りがあるでしょう」
夫は魔女を撫でたままで、力を抜くよう諭した。
「落ち着いて下さいまし」
穏やかな、落ち着かせる声に魔女はそっと顔を上げる。視線が合うと、彼は常磐色の目を細めて微笑んだ。
「私は、貴方の夫です」
「うん」
結婚をしたし、結婚の証の腕輪もある。子供もいるし、なんなら孫だって居る訳だ。誰がどう疑おうとも公式の籍は有るから、二人が夫婦なのは間違いない。
「貴女を置いて、居なくなる訳が有りましょうか」
そうは言っても彼は嘘吐きだ。まあ、魔女に対して吐く嘘や冗談は彼女を揶揄う為のものばかりだったが。
「其れに、貴女と私には約束と契約が在ります。唯の力では分たれぬ程に強力な縁も」
結婚という『他者を繋げて血族とする非常に強力な縁』の他にも、妖精の魂を持つ魔女との約束と、精霊に限りなく近い彼の契約の縁が、二人の間には有る。
「それこそ、死を以ても分たれぬ縁を」
それから、結婚する少し前から、現在まで二人が関わり合う事で生まれたお互いへの縁……と、彼が延々と日常に溶け込ませながら掛け続けた縁を繋げる呪い。
「安心なさい。私は、貴女から決して離れやしない。そう見えなくとも、私は貴女を見守っておりますとも」
その言葉は嘘じゃない。それは分かる。
そして意志は固く、魔女自身がどうお願いしても彼は行ってしまうのだと嫌でも理解できた。
でも、すごく嫌な予感がした。




