準備の終わる話。
ある時、選ばれなかった王の元へ、助言役の宮廷魔術師の男が生贄を連れてきた。
それは燻んだ金の髪に生気のない目をした、陶器人形のように美しく線の細い男だ。少年だとか女性だとか言われても納得出来そうな容姿である。
目立たないようにか、自分達と同様の黒い衣装を着せられていた。
「……『生贄』という事は。こいつは本物の悪魔なのだな?」
注意深く問う。すると助言者は何が面白いのか、ゆっくりと赤黒い虹彩の目を細め
「ええ、間違い無く。此れこそは、貴方様の求めた『奇跡を剥がす』行為を更に成功へと導く力の持ち主で御座いますとも」
と連れた人間を示した。
芝居の掛かったような言い回しが少し鼻に付き、それにやや顔をしかめる。
「この者の命を奪うのか?」
助言者に視線を向けると
「いいえ。魂の力は使いますが、命は奪いませぬ」
そう、ゆったりと首を振り、助言者は答える。
「そうか」
少し、安堵した。
「……」
その様子を助言者は目を細め見つめていた。
「(緩い。此れから世界を破壊しようとしているのにその程度の覚悟とは)」
だが、気にする者は居ない。
助言者は「一部を使うだけ」「命は奪わない」のだと語ったが、『魂の力』つまりは魂に刻まれている記録を使うのだ。無事で返せる訳がない。
……それを見て、この主はどう思うだろうか。『やっぱりやめた』等と言われて終えばそれこそ御終いである。
「(然し、やってしまえば此方のもの)」
とにかく、儀式を始めたならば終わるまで止めては行けない。でないと、かえって悪化するからだ。
何を犠牲にして何が行われるのか。それを殆ど知らせて秘匿した上での儀式。助言者は聞かれた事に真摯に答えただけ。聞かれていない事には答えていないだけ。
儀式の後に主に詰め寄られても、助言者はそう答える。自身にとって不利になりかねない事は口にしないそれが、魔術師といういうものだからだ。
それはともかく、既に選ばれなかった王の魔術師の集団達はそれなりに数が集まり始めていた。必要な人材や材料は集まっており、行動を起こすのもそろそろだろう。
「……儀式はいつにする」
問われ、
「占いに依ると、此の日が良いでしょう。星見や他の魔術師に問うても宜しいですが」
助言者は告げる。
「いや、いい。その日にしよう。遅れても面倒だ」
そう答えるだろうと、助言者は予想済みだった。
これで、全ての手筈は整った。
×
それから数日後に、儀式は行われる。
何の邪魔だても滞りも無く、淡々と、粛々と。
だがその場には助言者は居ない。別の場所で、準備をする必要があったからだ。




