強く在る者、或いは強者の会話。
朱殷色の髪の男は、親類の中でも自分以外は行けない特別な場に向け足を運ぶ。
住処であり仕事の場である建物を下った。
そこには、神殿のように荘厳な石造りの開けた空間が在る。
その最奥へ更に歩みを進め、止めた。
「……久しぶり、でもないか」
話し掛け、男は小さく苦笑する。
「ついこの間も、或いは毎朝、祈りの度に会っているからなぁ」
こうして雑談する事が、久しぶりだったと言い直した。
「どうせ、知っているだろうが、廃嫡することに決めた」
そのまま男は言葉を続ける。
「代行を降りる」
今度は言い聞かせるように、少し言葉をゆっくり告げた。
「『正気か』と周りには言われたよ。『よくもこう長く勤められましたね』と嫌味を言う奴も居たが」
頭を掻き、やや恥じた様子で少し下を向く。
「本当に、その通りだと思う。学生時代は仕事を全て丸投げして遊んでいた訳だからな」
そう言った後、驚いたように目を僅かに見開く。
「……そんな事は無い、とでも言うつもりか?」
戸惑い視線を泳がせ、僅かに嬉しそうに口元を緩めた。
「とにかく、俺は代行は辞める」
もう決めた事であり決まった事だ。だから変える事は出来ないし、もう取り止めるつもりも無い。
「そして、俺の後任は末の弟がふさわしいだろう」
そうだろう、と言いた気に相手に視線を向ける。
「あいつは周囲に惑わされる事なく、正しい道を進んでいけるだろう」
と理由を述べた。あの真っ直ぐな末の弟なら、次までは間違いなく保つ筈だからだ。
「やはり。俺はああいう正しく在るのには向いていないんだ」
視線を横にずらした。
「『ずっと正しく在る』なんて無理だ。現に、少し危ない時があった。……まあ、貴方は知っているのだろうが」
それから、男は口を閉ざす。
「……星見台や鍛冶屋でも、やってみようかと思っているんだ」
少しして、男は再び口を開いた。
「俺が為政よりも、ものづくりの方が好きだったなんて知らなかっただろう」
揶揄いの混じる声で問い「それとも、既に知っていたか」と、小さく笑う。
「星……空を見るのも、それなりに好きなんだ」
いつもは、星以外を見ている。視ているし、観て、異変が起こらぬよう診ていた。
「勿論、監視員は止めないし『王の影』としての役割を放棄するつもりもない」
きっぱりと言い切り、
「……アイツは、大丈夫だろうか」
すぐ下の弟の事が頭に過る。
「最近、様子が……いや。言う必要は無かったか」
知っているんだもんな、と少し寂しそうに呟いた。
「そうだな。アイツは人を惹きつける魅力があるのは確かだ」
男は頷き
「……2人で、協力し合えたら良かったんだがなぁ」
心底残念そうに肩を落とす。
「悪い、そろそろ時間だ。次はもう少し明るい話題を持ってくる」
一言謝り、男は踵を返した。
男が見ていた場所には、国の楔の為に磔になった男がただ居るだけだ。
王に成った瞬間から、ずっと。




