とある秘め事の話。
一通り話しをして悪魔が判った事は、彼らはそれと同一の存在であるが、それそのものではないという事だ。
だけれど。春、癒し、豊穣、疫病、雨、泉、風、土、冥府、冬……他の名を冠する何れかよりも、限りなく本質に近い存在らしい。そう、直感する。
何故、伝承とは少々異なる姿形をしているのか知らないが。
話合いが終わると、「長く不可侵領域の森から離れると色々とバランスが崩れるので」と『おばあちゃん』は早々に去った。『黒い人』も同様だろう、と悪魔は思っていたが
「少し話をしても良い? 『呪う猫』」
と、呼び止められる。
「……何用で、御座いましょうか」
振り返った悪魔は、やや神妙な顔の『黒い人』を見下ろした。
「『奇跡を剥がす方法』のやり方」
見上げる銀の虹彩には、殆ど感情を感じられない。だが、僅かに迷いの様なものが見えた。
「……方法は、なくも無い。だけど、これははっきり言ってやってはいけない事」
そう『黒い人』は言う。
『穢れ』を持つ存在らしからぬ、かなり善性的な発言だ。それを意外に思いながらも、悪魔は続きを待つ。
「……そもそも、『命を無駄なく失わせない』なんて要求が叶わなくなる」
『おばあちゃん』にとって譲れないものを、侵害するらしい。そうなると、契約は無効になってしまう。
「それでも良いなら、教えてあげる」
悪魔は思考する。片方の相手の要求を侵害するなら、通常ならば使わない、いや、使えない方法だと。
だが、敢えてここで『黒い人』が提案するということは。
「……然し、其の方法が最も成功率が高いのですね?」
確認するように聞けば、「やっぱり食いつくね」と『黒い人』は僅かに笑った。
「そう。確実にやれる」
思わぬ言葉に、悪魔は『黒い人』を見る。
「確実にやれるからこそ、その分犠牲も大きくなるの」
そうして、『黒い人』は再度問いかけた。
「それでも良いなら、教えてあげる」
その方法とは、『天地を何かしらの方法で繋げ、穴を開ける事』だった。もっと簡単に言えば『とにかく世界を大きく揺るがす事』。
そうやって、天地に覆い被さる奇跡の力を剥がすつもりらしい。
「世界が揺らげば、そこから隙間に入り込める」
『春の神』はその隙間に居るのだと『黒い人』は言う。
「あなたが『勇者』に空間を切り裂かせて触れたあの場所は、『虚数世界』。だから、奇跡を剥がして、あの欠片を引きずり出すの」
×
「……」
『黒い人』が去った後、悪魔は小さく息を吐いた。
思いの外、やる事の規模が大きく考えなければならない事も多い。
だが、妻である魔女を護り助ける方法が見つかったそれに、喜ばしい事だと悪魔は口元を歪める。




