星のお祭りの後始末。
身構えていたものの、魔女は予想外の行動をし、迂闊にも見せる筈のなかったものを見られてしまった。彼女が去った後、悪魔は小さく息を吐く。それは安堵の溜息だ。
『痛そう』だとか『大丈夫?』等という他人事で同情的な言葉を掛けられでもしたら、どうしてやろうかと一瞬過ぎった。だが彼女は、傷を見て『二度としない』と決心をしただけだった。
折角、逃げ場を作ってやったというのにそれに乗らず、敢えて怪我について訊いてきた事も、彼女の決心を示した様に思う。
あれ程に大人しくなった彼女は久しく見ていなかった。きっともう、彼女の方から勝手に居なくなる事はないのだろう。そう、彼には思えた。
それはそうとして。
「……如何、するべきか」
私室で呟き、悪魔は手に持つ動物皮の巻物に視線を落とす。
魔女自身が居なくなるつもりがなくとも、彼女が第三者の手によって連れ去られてしまえば意味が無い。
人間なら対処できるが、相手が妖精や精霊、ましてやそれ以上の存在を相手にする等、今の自分にはかなり難しい事だった。
彼女を向こう側へ連れて行かれぬよう、何とかしなければならない。
最近は虚霊祭で行方不明になった者達の情報の他、他国や古い文献に目を通していた。その他、転生者や転移者、覚醒者の情報や十字教を含む祈りや奇跡の文献にもだ。
死犬の死霊術、呪猫の占星術、毒蛇の錬金術、交魚の歴史書、生兎の御伽話、祈羊の祈祷術、薬猿の道仙術、通鳥の古文書等、そして、それに関連する価値観の文献も。
他、王族や貴族の歴史書の類にも、目は通した。
また、古き貴族の書物からはその祖国の古い情報も手に入る。
悪魔が宮廷魔術師という職業だからこそ、様々な魔術や神秘に関わる情報を大量に集めることが出来ていた。『研究のため』だと言えば、ただの魔術師では目を通せない禁止図書にすら、手が届く。異国の書物にも。
これほどまでに、自身の職業に感謝した事はあっただろうか。
魔術やそれに準じた知識、奇跡を調べれば調べるほど、やはり神代、つまりは神話や建国の時代の何かが要る。
暫く調べているうちに、とある文献を見つける。
「……此れは」
それは、以前の世界は平面でなかった、というものだ。
この世界は平面である。
正しく言えば、天の神と地の神に囲われたその中に平たい世界が在った。
空は天の神が命を宙に放らない為にその身体で覆い隠し、地面は地の神が命を取りこぼさない為にその身体を横たえている。
星々は天の神が内包する運命の力であり、決まった動きはすれど、月と日の様には巡らない。
これは神代から続く世界の物語の根幹であり、史実であった。この世界に生きる者は殆ど全てが信じている事実。
だから、世界には果てがあり、果ての先には天の神と地の神の身体が在る。
悪魔にはずっと、疑問に感じていた事が有った。
自身の持つ杖の世界を表す渾天技が、何故球の形を取っているのか、と。
天体を観測する兄が、その天体の動きを見て、「どうも昔の記述と動きが奇怪しい」とよく零していた事も。
『ねぇ、『呪う猫』。『命の息吹』を助けたい?』
唐突に、背後から声が聞こえた。夜の闇の様な、地の底から響く様な暗く低い声が。
『面白い話、しない?』
凄まじい圧力だった。下手をすれば、重力で握り潰されてしまいそうだ。そして、儀式で喚び寄せる『春の神』等本当に一部でしか無いと思える、圧倒的な穢れ。
それと同時に、世界の果てより落ち地の神に触れた生き物が精霊に成る、という伝承を思い出した。
嫌な汗が出た。此れが本性かと、振り返りも出来ず硬直したままで思う。
「……『面白い話』とは」
それの破顔う気配がした。
『“奇跡”を剥がすお話』




