星のお祭りの後始末。
同僚の男から『特別な目』の使い方を教えてもらい、息子の腕を見て衝撃を受けながらも、魔女は1日をどうにか過ごし屋敷へと帰り着いた。
居間で寛ぎながらも、魔女はそっと、夫に視線を向けた。彼は今、動物の皮で出来た巻物に目を通している。何やら見た事のない文字が書き込まれているが、きっと魔術の研究用の道具か何かなのだろう。
「(……どのタイミングで見よう)」
見るものは、夫の身体の怪我の様子である。
よくよく思い出してみれば、彼が服を脱ぐ瞬間などそう訪れるものではないのだと気付かされた。
今の夫はきちんと衣服を着ているので、特殊な術で見ても肌の様子はわからない。それに、彼の怪我が何処に在るのかも知らない。
それに、と彼女は頬杖を突く。
特殊な目でこっそり見たとして、夫がそれに気付かない訳がない。
ならば、堂々と見に行くしかないのだろうか。
「……何やら、熱い視線を感じるのですが」
す、と視線を動かし悪魔は魔女を見る。
「私に、何か用事ですか」
「ううん。なんでもない……」
首を傾けると、魔女は少し目を逸らして力無く首を振った。そこで、『彼女が自身に何かをする気らしい』と悪魔は察する。
何をするつもりなのか、は全く分からないが警戒するに越したことはない。そう、彼は思う。
×
そして。
「いまだーっ!」
すっぱーんっ! と風呂場の扉を開き魔女は叫ぶ。
「なっ」
驚く悪魔を他所に、徐に、手で輪を作りそれを目に当てた。
間違いなく衣類を身に付けていない瞬間、と言えば入浴の瞬間だと魔女は考えたのだ。確かに、とんでもなく色々な意味で無防備な瞬間である。
「……何を?」
怪訝な表情で、彼は魔女を見る。
どこからどう見ても、間違う事なく魔女が不審者だった。
「わ、」
満遍なく鍛えられた無駄のない肉体、はいつ見ても見事なものだと思うが今回はそちらではない。
魔眼ではない『特別な目』で見た夫の身体には、至るところに魔力や魔術で弄ったらしい痕跡があった。古いものが多く、おそらく消えてしまったものもあるだろうが、相当な量だ。
「(やっぱり、いっぱい努力してた……)」
やはりすごい人なんだ、と新ためて認識したのだが。
奇妙な傷が、有った。
「……引っ掻き、傷……?」
それは何か大きな獣に引っ掻かれたかの様な、線状の裂傷だ。
手首や腕、首の付近が異様に多い。
「………………小娘」
顔を上げると、冷ややかな表情で彼が見下ろしていた。
「其の術。何方から教えられたかは存知ませぬが、勝手に見るのは如何な御趣味かと」
「…………」
にこ、と微笑むそれは随分と久しぶりな、明確な拒絶の言葉だった。
「気にする事はありませぬ。折角隠していたのですから……あまり見て欲しいものでは無いのですが」
身体を硬くした魔女を宥めるかの様に、柔らかい表情で彼は言葉を続ける。
彼が魔女を小娘と呼ぶ時はふざけている時か怒っている時だ。つまり、本当に隠したかった怪我の跡。
「昔、私が貴女に告げた軟膏で消している跡ですので、お気になさらず」
消している努力の跡、だったか。だが、彼が見る事を拒んだ傷はそちらでない事ぐらい、鈍い魔女でも理解できた。
「……でも、傷がすごく新しいんだけど?」
見てしまったものはしょうがない。だから、あえて聞く。これを逃してはいけないと、直感が働いた。
「…………はぁ。まあ、魔獣やら色々と向かい合う機会が他の者より多いもので」「魔獣じゃない、でしょ」
取り繕う言葉を遮る。
「……」
「きみ、自分で引っ掻いてたの?」
「…………はて」
少々つまらなそうな表情で、彼が目を逸らした。
「其れを聞いて、如何なさるので?」
誤魔化す様な、話題を逸らす様な言葉に、確信する。
あの新しい傷は、彼が自分で付けた跡だったのだと。
人間も動物も、余程に苦しい状況でなければ、そんな行動は自発的には行わない。
「……ごめんね」
ぎゅっと、魔女は自分の服を握り締める。
今度こそ、心の底から反省したのだった。
×
「(あの人は……あんなになるまで、わたしのことが大好きなんだ)」
あの後、魔女は彼の事を考える。
大好き、というよりは依存や執着に近いものが近いけれど。
でも、非常に歪んでいるそれが彼にとっての『愛という感情』なのだ。
それと同時に、『あの人には本当に自分しか要らないんだ』と、思い知る。居ない、のでは無く要らない。
つまり、魔女の為ならば他の犠牲など心底どうでも良いと思っているのだ。……恐らく、犠牲には息子や娘達も含む。
「(……やっぱり、危ない人だ)」
なんとなくで感じていた直感が、こうも変な形で露見するとは。
「(…………だけど)」
なんでだろうか。
それが、とても嬉しく感じていた。




