星のお祭りの後。
帰宅し、魔女に塗りたくった悪魔自身の魔力を洗い流していた時も、その後に丁寧に身体を拭いてやり髪を乾かしていた時も、彼女は上機嫌に笑っていた。
それらが終わってもなお、魔女は悪魔にべったりと引っ付き、『遊んで』と甘える猫のようにすりすりと頬擦りをする始末。
書類を持ちソファに座れば、付いてきた魔女がその腿の上に座る。
「……」
目を通そうかと思っていた資料の類を置き、彼は彼女に構う事にした。
手始めにと、魔女の柔らかい頬に指の背で触れる。もう片方の手は横向きに座った彼女の背を支えるように添えた。
手袋は着けたままだったが、非常に滑らかな皮膚の感触と程良い弾力が分かる。
「ふへ」
指の背や側面で擽るように動かせば、魔女は嬉しそうに目を細め笑みを浮かべた。
それから悪魔は魔女の頬をさらりと撫で手の平で包み込むように触れる。
柔らかいそれを、親指で押すようにして撫でると、むにぃ、と程良く伸びた。そのまま軽く摘む。
「ん。なぁに?」
頬を撫でていると、魔女と視線が合った。
「……良う伸びる頬ですね」
崩されてもなお可愛らしい顔に、悪魔は表情を緩める。
「ん」
唐突に、柔いものが口に触れた。
離れる魔女に、口付けをされたのだと一拍遅れて気付く。
驚きで固まる悪魔に、
「えへ。いつものおかえし」
なんて彼女は笑みを浮かべた。
「……何故、今したのです」
「なんとなく」
何故か苦悶の表情を浮かべる彼に、魔女はあっけらかんとして言う。実際は彼の柔らかい表情に、なんとなく胸が、きゅう、と苦しくなったから、した。
彼が幸せそうな顔をしている事が、堪らなく嬉しかった。
初めて会った時も結婚する前も、何か思い詰めているような張り詰めているような表情の事が多かった。
結婚してからは大分、表情は柔らかくなったが。
再び嬉しい気持ちが湧き上がり、彼に頬擦りをする。
「……本日は、随分と素直ですねぇ」
そっと大きな手で頭を撫でられた。その手付きは優しく、愛おしさを感じられる。
「ふふー」
やっぱり、きみはわたしのこと大好きだよね、なんて事を内心で魔女は再確認した。
「…………何時も、斯様な様子成らば。私も不安に思う事も無いと言うのに」
「んー」
少し拗ねたような彼の声が、なんとなく擽ったくて笑みが溢れる。
このような幸せを、手放したくは無い。
悪魔は魔女を抱きしめた。
「ん、ちょっとくるしい」
と彼女は眉を寄せるも、腕の中から逃げる気配は一切も無い。どこか、嬉しそうな声色だった。
触れ合う肌の感触、伝わる体温に、酷く安堵する。
柔い肌を撫で、微笑む彼女を悪魔は見つめた。
何度触れ合っても何度求めても、足らない。満たされない。だが、それでも良い。
彼女が居れば、触れ合う事も求める事も出来るからだ。
彼女のいない生活など死んでいるも同然である。事実、彼女が居ない五年間は殆ど屍の様な状態だったように思う。
正直に言うと、二度と味わいたくは無い。
だが、彼女は魂が妖精の、神現しで生まれた子。ただの人間よりも、ただの神現しで生まれた子よりも、行方不明になりやすい体質だ。
未だに『熱の穢れ』は魔女を狙っているし、他国でも『魔女』を狙う者がいる。……無論、国内でも。
彼女とただ共に暮らしたいだけだと言うのに、どうも障害が多すぎる。
どのようにすれば、彼女を護れるのだろうか。
悪魔は思案する。
悪魔自身の為にも、魔女とお互いに結んだ契約の為にも、何事に於いても彼女を護る事を優先しなければならない。いや。そうすべきだ。
絶対に、そうしなければならない。
悪魔自身の持つ能力や権能や人脈、その他諸々を駆使して、彼女を国内外から、『熱の穢れ』から、護らなければ。
ふと、以前に魔女が『何かやりたいことはないの』と問い掛けた時の事を思い出した。
「(……私の『やりたい事』)」
それは、『彼女を天寿まで全うさせる事』。
途中で暗殺されてもいけないし、魔獣に喰われる事も妖精にされる事もいけない。
簡単なようでいて、かなり難しい願いなのかもしれない。
だが、絶対にやり遂げて見せよう。
自身の命を削ってでも。




