星のお祭り。
「おっと失礼。気が緩んでつい本音が」
特殊な場だからでしょうか、と悪魔は口元を押さえ、白々しくも宣う。
ようやっと正気に戻ったな、と内心で安堵する。少々、方法は悪手過ぎたが。
「……やっぱり」
視線が下がり、魔女は俯いた。何か言葉を零すも、周囲が騒がしいからか彼には聞き取れない。
「はい?」
今どの様な顔をしているのだろうと、何を言ったのだと悪魔が彼女の顔に添えた手で再度その顔を上げさせると
「やっぱり、わたしのこと嫌いになっちゃったんでしょ!」
苦しそうな顔で魔女は叫んだ。目にいっぱいの涙を溜め、口をきゅっと結んでいる。
「……其の様な」
「だって。ずっと、来なかった」
否定しようとして、魔女は彼の言葉を遮った。
「……」
それを聞いて今度は悪魔の方が固まる。ぎり、と奥歯を噛み締め、湧き上がった情動を抑え込もうとした。
「いつも、来てくれるのに」
興味を無くしたから来なかったんでしょ、と魔女は零す。だが、すぐに彼の返事は無く、不思議に思い伺うように、ちら、と魔女は彼を見上げた。
「莫迦な事を言うな小娘っ!」
「ぴゃっ?!」
心底不快そうに顔を歪め、彼は叫ぶ。
「……失礼」
飛び上がった彼女に驚かせた事を短く謝罪し、
「貴女が、私のことを嫌いになったのでしょう」
悪魔は言い返した。
「そ、そんなこと!」
「成らば、何故。何時も貴女は私依りも興味を優先なさる」
「う、」
冷ややかに目を細め見下ろせば、魔女は萎縮する。
「其れが私依りも興味の方が価値が上。詰まりは『私を疎かにしている』と、何故判らぬ」
彼女を自身の方へ向かせたまま、彼は静かに見つめた。
「貴女を呪おうとした事は有れど。私はたったの片時も、貴女を厭うた事は有りませぬ」
「……え、呪おうと?」
「私が何れ程迄に貴女を想い貴女に焦がれ貴女を求めておうたか、其の身に分からせた方が宜しいですか?」
持ち上げた彼女の顔に、ずい、と更に距離を詰める。
「ひえっ」
「……泣かないで下さいまし」
言いながら指先でそっと、彼女から溢れる大粒の涙を拭う。
「……泣かせたの、きみだよね?」
「泣きたかったのは此方でしたが?」
言い返せば、彼女は眉を寄せ口角を下げた。
「きみだって。さっきも言ったけど、わたしに会いに来てくれなかったじゃん!」
「………………はァ?」
再度言われた単語に、うっかり取り繕いを忘れて魔女を見下ろす。
「私が貴女に逃げられたというのに、其れを追いかけろと申しますか」
大層に自由な発言であると、悪魔は嗤った。
「そうですねぇ……」
少し目を逸らし思考し、
「唯、普通に逃げられたの成らば。『自分が悪かった。悪い処を出来得る限り直すから戻ってきてくれ』……と、みっともなく縋り付く事ができたやもしれませぬが」
魔女に答える。
「そ、そこまでしろって言ってないよ?!」
「同じ事でしょう? ……ですが」
彼は、少し寂しそうな顔をした。
「此度は貴女はひと月もの間、私に見つかる事を拒絶なさった」
「そんなこと、」
「有るのです。貴女が心の底で望んで居られなかった。だから、此の私でもひと月も見つけられなかった」
「……」
それはそう、なのかもしれない。逃亡した初めの頃は、邪魔をされたくなかったと思っていたのだから。
「若し。貴女が拒絶した対象が、貴女の意思に関係なく何度も何度も何度も何度も、執念深く追い掛け探し回り嗅ぎ回っている、と知ったらどうします」
悪魔はそっと、問い掛ける。
「…………」
「もっと、逃げるのでしょう?」
恐る恐る、魔女は頷いた。やはり、実に正直な娘である。
「……でも、」
「私だから平気、なんて事。そう割り切れるものでしょうか」
彼が疑問を呈すれば
「できる、もん」
彼女は拗ねながらも答えた。
「仮に貴女が出来たとて。急に貴女に逃げられた私が其れに気付けるでしょうか?」
柔らかい魔女の頬をゆっくり撫で、更に思考するよう促す。
「……きみなら、わかるよ」
たぶん、と小さな声がした。撫でる手つきには、怒りや不快感のような感情はもう残っていなかった。
「現に、出来ていなかったというのに?」
「う、」
「甘えでは?」
「なんかきみ、今日は一段といじわる……」
不貞腐れる彼女に、悪魔はふっと笑う。
「……私も、祭で非常に浮かれているのやも知れませぬ」




