┣5年目の秋。
「……ぐすっ」
ベッドにうつ伏せで倒れ込みぬいぐるみを抱きしめて、魔女は鼻を啜った。
拭っても拭っても、涙が溢れる。
嫌われていたなんて、今まで微塵も思いもしなかったからだ。
「う゛ー」
顔全体から首、耳まで赤くさせて、魔女は塞ぎ込む。
ふと生まれてしまった不安のおかげで、研究にも集中できない。
「(どうしよう)」
どうしよう、どうしよう。
どうにかしなければ、と気持ちは焦るばかりだ。
「(帰らなきゃ)」
帰らなくちゃ。
そしてあの人に会って、
「(……どうする?)」
当然、謝る必要がある。彼を傷付けてしまったからだ。
それで許してもらえたなら、それで良い。どんな代償が必要になるかはわからないが。
代償、つまり贖罪に関しては、魔女自身がやれる範囲内ならどうにかできる。その筈だ。
では、許してもらえなかった場合は?
「……」
悪い想像が頭を過ぎる。
謝罪と言う行為は、はっきり言うと謝罪する側の自己満足と、謝罪される側の慈悲で成り立つものだ。
つまり、どんなに真摯に心の底から謝罪をしても、謝罪された側が許さなければ、何の意味も成さない。
それに、そもそも会えない場合はどうしたら良いのか。
彼に嫌われてしまったのならば、恐らく家に入れない。
「……(いや、違う)」
彼が魔女自身の事を嫌っても、家には入れてくれる。
根は真面目な性格の彼だ。普通の人なら『嫌われている』なんて気付かないような対応をするに違いない。
そして、ひっそりと縁を切ってしまうのだろう。
或いは、酷い嫌がらせをしてから、縁をぶった切る。
「(……わたしが、嫌なこと)」
例えば。閉じ込めたり拘束したり、自由を奪ったり物のように扱ったり、するのだろうか。
「…………嫌、だなぁ」
魔女は小さく呟いた。
すごく、すごくすごく嫌だ。
痛いのも嫌だし、怖いのも嫌。
そして魔女が嫌がっているそれを、彼は全て知っている。
「(……嫌がらせなら、全部するに決まってる)」
と、いうことは。
「……はっ?! 監禁からの痛めつけ?!」
がばっとベッドから飛び起きた。
何をするかも想像がつく。我慢が苦手な魔女に、我慢させるようなナニカもついでで追加するのだと。
嫌すぎる!
かなり具体的に想像してしまい、思わず「いやーーーっ!」と叫んでしまった。慌てて口を抑える。
そして、仮眠室には防音の結界を張っている事を思い出し、外には音が漏れていないのだと安堵した。
それともう一つ、忘れてはいけないことがある。
夫の気持ちに変化が起こったならば、結婚腕輪に変化が起こる筈なのだ。
互いの縁が薄れる、つまりこのまとわりつくような常盤色の装飾が、
「………………こんな装飾だったっけ?」
結婚腕輪に視線を向けて、魔女は首を傾げる。
元の状態がわからないほどに、なんだか蔦が絡まったような装飾になっていた。
おまけに、腕輪の内側にまで、侵食し始めている。
「……」
それを見て、心底安心した。
「(でも。どうやって、帰ろう)」
素直にただ帰れば良かったのに、こうも長引かせたおかげで素直に帰るのも難しくなってしまったからだ。
そして考えて考えて考え抜いて——
——魔女はひとまず、研究に無理矢理にでも没頭することにした。
「研究、たーのしー!」
もう半ばヤケクソである。四年も研究に夢中になってる(と言う、体裁で)家に帰らなかったのだ。一、二年延びたところで変わらないだろう、多分。
帰る方法はそのうち思いつけば良いかな、なんて思いながら、かなり必死になって考え始めた。




