逃亡生活5年目。
「うわ、なんか寒気が」
寒気、というよりは嫌な予感か。
自身の腕をさすりながら、周囲を見回した。見回したって、何もないけれど。
魔女の感じた寒気とは、ずっと前から例えば二年ほど前の虚霊祭の時期から続くような、嫌な気配だった。
どこにいても感じられるその気配が嫌で、軍部施設から必要以上に外出しなくなる。
そうやって過ごせば、飽きが来ないように段々と軍部施設の様々な箇所を見て歩き回るようになるし、軍部施設内に在る本類や閲覧可能な資料や書類に目を通すようになった。
しかし、軍部施設の大きさ、本類や書類の数にも限りがある。最終的には行ける場所全てに足を運び、資料や書類も読めるもの全てを読んだ。
×
「ひま。飽きた」
ころ、と既に自室となった仮眠室のベッドに横たわり、魔女は溜息を吐く。飽きっぽい彼女の事だ。行く場所に制限が掛かれば当然、そうなる。
「…………そろそろ、帰っても、いい……かな?」
と、なんとなしに呟いた。
最初は自由にさせてくれてるんだラッキーとか思っていたのだ。
だが、あまりにも放置が長引いている。ホラー映画かのような、じわじわくる怖さが拭えない。
「(ほんとに、なんにも干渉がなかった……)」
ぎゅむ、とねこのぬいぐるみを抱きしめる。
もう、彼の匂いや魔力など、残っていない。
「(……電話とかお手紙とか、何かしらの干渉があると思っていたのに)」
魔女は、かつてないほどに、困惑していた。
寂しくなったらどうせ干渉しにくるとか高を括ってた。
「……(……もしかして)」
はた、と思い至った。
「(あの人、わたしのこと……どうでもよくなっちゃったのかな)」
そう思った瞬間、さぁっと血の気が引いた。
あんなに自分に執着してくれて引くぐらいに自分の事を好いている、あの人が。
「まさか」
そんなはずない……とは、言い切れなかった。
だって、彼の下から離れてから、もう五年目だ。それで干渉がなかったのならば。
「……」
じわ、と涙が溢れる。
魔女は今の今までずっと、『自分は夫に無条件に愛されている』と、思い込んでいたのだ。
妖精的な感覚で言えば『自分が好きなら相手も好きでしょ』という感じである。
夫が『愛してる』と伝えてくれた時点で、それが永遠に続くと思っていた。
自分に興味持ちはじめたとこから、薄々『自分に興味を失うことはない』という『ずっと自分に興味があるだろう』という、根拠なき自信を持っていた。
……彼女自身は、飽きるのだが。
『嫌われたかもしれない』と、そう思い始めた瞬間から、焦りを感じ始める。
だって、自分は彼の事を好いている。だというのに、その彼が『嫌い』と言ったなら。
「(……どうすればいいの?)」
今まで、魔女の周囲には魔女の事が好きな人ばかりしか居なかった。その上、みんな大体向こうから好いてくれて、関わってくれたものだ。
人を振り向かせること等、たったの一度も、したことが無かった。
「(……わたしがずっと好きだったら、また好いてくれる、かな)」
好きを押し通せば相手に通じる等、妖精の如き思考である。
「(……いろんな人に相談してみよう、かな)」
友人A、友人B、聖女、綺麗な巻き毛の子……みんな呆れた顔をした。『惚気か』と。
その上、綺麗な巻き毛の子は「今更ですか」と、げんなりした様子だった。
×
「ね、ねぇ。も、もしかしてだけど、あの人がわ、わたしをきら……ぃになっちゃったりしちゃったりする?!」
と、同僚の男に問い掛けた。
場所は同僚の男の持ち場の個室だ。
「しちゃったりするんじゃねーの」
と、酷い棒読みで返される。
「っていうか普通ならそうだろ馬鹿」
いい加減どうにかなって欲しいので、同僚の男は厳しめに答えた。
「俺が伴侶だったらもう嫌いになってるし縁も切るよな」
そう考えると魔女の伴侶は随分と気長なもんだと、同僚の男は思う。ただ、我慢強いだけかもしれないし、興味を失ったからどうでも良くて放置しているだけかもしれないが。
「そ、そんな……」
顔を青褪め、魔女は非常にショックを受けているようだ。
「……それに、最近、おっきいねこちゃん来ないの。嫌われちゃったのかなぁ……」
似た事項として、思い出したらしい。
声が既に涙声で、震えていた。
「めそめそボロ雑巾になってんじゃねーよ」
まだ死にたくないんだが、と内心で焦っていると『泣かすような事言ったからじゃないですか』と嫁の幻聴が聞こえた。
「(遮断の魔術式、掛けといて良かったー)」
同僚の男の執務室には、全てに於ける外的干渉の遮断の術式が施されていたのだ。
だから、恐らく盗聴しているであろう魔女の伴侶には、この会話は聴こえていない。




