┗4年目の夏。
何度目覚めても、彼女は側に居ない。
いつもの通りに日が昇る随分と前に目を覚ましても、あの寝息が直接では聞こえないのだ。
『すぴー』
盗聴用の式神越しでならば、聞けるのだが。
最近はずっと、私室で目を覚ます。
仕事や研究のお陰で自室に篭り切りになっていた、その延長だ。
それに夫婦寝室に居ると、彼女の痕跡が残っていて穏やかに眠れなくなった。
酷く、感情が揺すぶられてしまう。
「(……私には、お前しか居ないというのに)」
彼女には、自分以外がある。
何度でも思うその事実に、ぎり、と奥歯を噛み締めた。
幾ら此方が渇望しても手を伸ばしても、届かない。見向きもされない。
掴めたと思えばさらりと躱されて、いつの間にか遥か遠くにいる。
まるで、兄上の様ではないか。
一度も届いた事の無い、孤高の星の如きあの男。
「(……此の儘、一生も届かぬの成らば)」
いっその事、呪ってしまおうか。
呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って、殺してしまおうか。
殺してしまえば、此の様に苦しい思いをしないで済む。
殺してしまえば、彼女が自分以外に向ける感情に惑わされないで済む。
呪い殺すのは自分だけが出来る事。彼女を唯一の方法で殺せる。だが、呪いは直接では無い。
直接殺してしまえば、彼女が最後に姿を見るのは自分になるのでは。
最後に思うのは自分の事だけで生きた彼女が最後に触れるのも自分でそのまま最後まで自分で満たせるのでは。
しかし。やはり彼女の柔肌に傷を付けるのは忍びない。
ならば直接、呪い殺せば良いのでは。
呪いで苦しむ姿を眺めて、最後まで見届けるのが良いだろうか。
既に一度、離れられぬように縁を結び呪いを仕掛けているのだったか。
ならば、ただ死ぬ程度の呪いなど、容易に掛けられる筈だ。
私室で、徐に専用の道具を拡げた。
「……」
「……………………チッ」
溜息を吐いた。
莫迦げている。実に莫迦げている。何故、愛おしくて堪らない彼女を殺さねばならないのか。
成らば、妖精でも逃げられぬ様な檻でも作り上げてそこに捕らえてやるか?
動けぬ様に四肢を捥いで日常生活の全てに於いて、自分が居なければ成り立たない様に仕向けるのはどうだ?
思考を魔術で弄って変えてしまうのは?
……自由を好む彼女を?
「……する訳が無いでしょう」
敢えて口に出した。
言い聞かせる様に、はっきりと。
夏の暑さに頭でもやられたのだろうか。
思いの外高かった室温に、小さく溜息を吐く。
水を飲んだ。
愛おしい彼女が、五体満足の彼女のままで自分の元に帰って来るように、願う。
「(……嗚呼、今年も戻って来なかった)」
彼女を想い、年度納めの豊穣の儀へ向かった。




