┣4年目の春。
「此度、再度着任致しました。よろしくお願いいたします」
びしっと背筋を伸ばし、敬礼をした。
その子は濡羽色の髪に山吹色の目を持つ人物だった。
そして、春から始まる後期に、再び次男の補佐官となったのだ。
×
「……『前の補佐官はどこへ行ったのか』という探りが『魔女』からありましたが、どうするんです。監視員副長様」
とある部屋で、鋼色の髪の男は、外套で顔を隠した男に問い掛ける。
年が明ける前の、冬の出来事だ。
「たった一度の問い掛けで、此方へいらしたのですか、人事中将殿」
そう返される声は感情の起伏が無く、非常に冷ややかだった。
「……『そのたった一度ですら油断ならない』と、監視員長殿から言われているもので」
柔かに笑みを浮かべ、人事中将、つまり魔女の同僚の男は答えた。
「そうですか」
外套で顔を隠した男は淡白に相槌を打つ。
「……それで、すぐには動けませんか」
前の補佐官の経歴をどうするのだとか、再び軍部へ送れないかとか。
それに、魔女が動かなくとも、魔女の同僚の男は監視員側へ声をかける予定はあった。何故なら、魔女の子供である殲滅部隊の一団長は、有能だが少々危うい人物だったからだ。
だから、監視員による監視を必要としていた。その上、並の監視員だと誑し込まれて使い物にならなくなるので、一度も靡かなかったらしい例の監視員が必要だったのだ。
「…………そうですね。監視員長殿へ、伺いを立てる必要が有るかと」
やはり淡白に返される。
「わかりました」
なんで監視員長殿が居ないんだよ、と内心で思いながら、でも一瞬も表情を変えずに、魔女の同僚の男は笑みを浮かべた。
「(……しかし、本当に)」
色々と腹の探り合いのような会話をしながら、思う。
「(でっか)」
監視員副長は、随分と縦にでかいやつだと。
かなり高等な認識を阻害させる魔術式がかかっているらしいが、魔女の同僚の男には『見抜く目』があるので効かないのだ。
術が効いていたならば、その高身長は恐らく少し背の高い人物程度で済むのだろう。
それと。
「……」
なんだか同僚にまとわりついてるものと良く似た魔力の波動を感じた。
恐ろしいほどに似てるけど知らん人だわ。
よし、知らん振りしとこ。
一瞬で思考を巡らせた。
「兎角、監視員長殿が戻られた際には、是非ともお伝えくださいますようお願い申し上げます」
そうして、冒頭の様に求めていた人材が、望まれた場所へと着いたのだ。
×
何故、彼は敢えて目立つ行動をとるのだろうか。ばれてしまえばただでは済まないというのに。
自身の子供の行動について、悪魔はそう考えていた時期があった。
「(……若しや。監視員を呼び出そうとしていたのか)」
思い至った時、……馬鹿げた事を、とは言えずに閉口する。
自身が同じような状態なら、そうするだろうと微塵でも思ったからだ。
だから、人事中将殿の言葉を、上司に進言しておいた。『再度、あの者を監視に付けたらどうだ』と。
序でに上司から何を言われても言い包められそうな内容も幾つか考えていた。
そして結果は、きちんと身を結んだ。
×
閉じていた目をゆっくりと開いた。
相変わらずの、季節特有の長閑な光に、舌打ちをする。そして薬でぼやけた思考が戻るのを待ちながら、小さく溜息を吐いた。
「(……今年も、帰って来ないのでしょうね)」
ひりつく痛みに、歯噛みする。
向こうは上手く行ったというのに、何故、此方は上手く行かぬのか。
自分に関わる内容ばかり、結果がどうも宜しく無い。
昼間は獣の姿に成って魔女の元へ行き、夜間は人の姿のままで眠る彼女に触れた。
だが、足りない。どうも心が満たされない。
夫である自分だと認識して欲しいし、目を合わせて会話がしたいし、きちんと話し合いたい。
これはまるで依存症のようだと、溜息を吐く。
しかし、事実そうだろう。
自分ばかりが渇いて求めて欲して望んで、恋焦がれるばかりだ。
思考の全てが彼女の為。彼女を外から護る為に手段を選ばず、術を磨き情報を集め相手を潰し殺して隠して、集めて、いるのに。
彼女には自分以外の選択がある。
「(……私には、お前しか居ないというのに)」




