逃亡生活4年目。
伴侶の顔を見なくなってから、もう四年も経ってしまった。視察や会議でまれに宮廷魔術師が軍部に訪れるのだが、魔女がいる時とどうも時間などの機会が合わなかったからだ。
初めの1、2年は少し人事的な都合で敢えてずらされていたのだが、魔女が知る由もない。
「四年目……」
呟く魔女は、もう泣きそうであった。
完全に、帰る機会を逃したのだ(と、当人は思い込んでいる)。勢いで飛び出したは良いものの、引き際が分からなくなってしまった。
「だけどなんか、最近調子が良いんだよなぁ」
自身の頬をもにもにと手の平で押しながら、首を傾げた。『調子が良い』の内訳は、肌の触り心地と彼女自身の調子である。
肌の触り心地の他にも、ちょっと肌艶も良くなった気がする。
……それの理由は、軽く我慢を止めた伴侶が毎夜のように夜這い、というか夜中に不法に侵入しては魔女を眺め勝手に顔や腕などに呪いを書き込んでいる所為なのだが、彼女が知る由はない。
場所は額と両腕両脚と腹と背中程度である。頬は気晴らしで摘んだり軽く引っ張ったりしているだけだ。
「……どうしたら、いいのかな」
魔女は小さく呟いた。
×
「お前がさっさと帰れば済む話だろ?」
同僚に相談したところ、凄まれてしまった。にこやかな人好きのする笑みでドスの効いた声を発する等、実に器用だ。
「鳥のところの訛りが酷い。怖いー」
泣きそうになりながら魔女は口角を下げる。それができれば苦労しない。
そして、
「……なんだかそれっぽい事、綺麗な巻き毛の子にも言われた気がする」
と魔女は眉間にしわを寄せ、首を傾げた。
そのお友だちとは、悪魔の後輩の魔術師、要は同僚の男の妻である。
少し前に新商品を開発し、それの流通について友人Bと共に相談していた。友人Bは交魚の頭領の一人、後輩の魔術師は通鳥の当主だからだ。
その折に『どうしたらいいか』と一言一句違わず同じ事を訊いたところ、同様に、『あんたがさっさと帰れば済む話でしょう?』と、二人称と末尾の言葉以外は一句違わず同じ事を、同じ発音で凄まれて返されたのだ。
「すっごく似てたよ」
素直に魔女はそう答える。
「そうかー?」
同僚の男は心底嬉しそうに笑みを浮かべた。
「だが、それはそれだ。さっさと帰れよ」
人好きのする笑みを浮かべたまま、同僚の男は言い切る。
因みに同じ場所にいた友人Bは『自業自得だから自分で考えな』と随分とドライな返答があった。きっとその2基聖女は一緒に考えてくれるだろうが、友人Aも同僚の男やその伴侶と同様に『さっさと帰りなさいよ』と言うのだろう。
「……帰れたら苦労はしないよ」
帰る以外に選択肢はないのだが、どうも帰りにくいのだ。
「帰るのが怖い」
それに、自身の伴侶である夫に会いたいけれど、怒られたくない。




