┣3年目の春。
儀式で体内に入れた薬物を、悪魔は魔女が作った薬で吐き出す。
代謝を上げて排出するものは、別に問題はない。
だが、覚えてしまった高揚と抑制を忘れさせる薬が些か辛い。
感覚の記憶が剥がれる、脳に張った根を引き抜いて行くかの様なそれが酷く不快だった。
おまけに動けない時の色々の処理や掃除も、予め式神に命令することも、その後始末も面倒で、惨めになる。
彼女が残して行った薬は殆どなくなってしまった。だが、作り方を記したものは残って居るので、それで作れば問題はない。
「(……彼女の作った通りの効果が再現されると良いのだが)」
思いながら、気付薬を流し込んだ。
×
秋は、凄く嫌な予感がして、思わず魔女の元へ向かった。侵入しても辛うじて怪しくない、獣の姿を取って。
何故か体内に残っていた『熱の穢れ』が、自身の妻に狙いを定めたらしい事を知らせた。きっと『強い妖精の魂』を求めたからではと悪魔は推測する。
妖精の魔力は、魔獣や精霊にとって大変美味なものに見えるらしいからだ。
軍部を護っている結界は、実際のところ獣一匹入れない程度の、非常に頑丈な術式で構成している。
だが。
この結界を張ったのは悪魔である。
正しくは、数名の宮廷魔術師なのだが。
悪魔は、防御結界の設計図を作った。つまり、そこにこっそりと自身を結界に引っかからないよう新たに術式を追加すること等、容易だったのだ。
そのあとは、悪魔自身の存在のおかげで、魔女は精霊や魔獣には襲われず、無事に日の出を迎えた。
魔女の使っている仮眠室の寝台は、非常に居心地が良い。思わず、本気で眠りそうになった。
それに、その周囲には魔女の好む薬草や色々が沢山集められており、『ここが魔女の居場所だ』と主張しているように感じられた。
ともかく、魔女は随分と快適な場所にお住まいらしい。
共に同じ寝台で寝るのは久々で、それと、自分が居ない間に随分と楽しそうだと、彼女を見下ろす。
凄まじい感情が湧き上がりそうになり、一呼吸置いた。それでも治まらない感情故に、眠る魔女の頬を前足で押してやる。
そして、この状態を誰かに見られるのは流石に不味いので、日が昇る頃には部屋から出た。
それ以降は、あまり彼女の元へは行っていない。祝福を贈ったり、年明け後に1、2度見に行った程度だ。
「……帰りたいの成らば、帰えられたらば宜しいでしょうに」
魔女の言葉を思い出し、悪魔は低く呟く。何度も何度も思い出しては、『其の様に思う成らば、何故帰らないのだ』と苛立ちが募った。
「『帰りたい』等と云う其れを、何故行動にして下さらぬのか」
引っ掻いた箇所から、じわりと魔力が滲み出る。
痛みを感じる前に、怪我を魔力で覆う癖が付いていた。
どうせ、もう彼女は帰って来ないのだろう。
そう、悪魔は思っている。




