┣3年目の冬。
「……まあ、まだ研究残ってるし」
ちら、と雪の舞う外に視線を遣り魔女は呟く。
去年の願い通りには、ならなかった。
未だに魔女は屋敷には帰れないままでいる。理由はただ、なんとなく帰りにくいだけ。
勝手に出て行ってしまったのもあるが、心配を掛けているだろうし、2年以上も連絡も無しで合わせる顔がない、ような気がしていた。気まずさが天井突破しているのだ。
あの、不思議と怖かった虚霊祭の夜。大きな猫がずっと側に居たからか、安心して眠ることができた。目を覚ますと既に姿はなかったが、僅かに残った暖かさと匂いに、また目の奥がじんわりと熱くなる。
そして聖人の祝日には、毎年のように祝福が届く。
プレゼントを開けると、予想通りに梅紫色の身体に瑠璃色の目を持った小さなねこのぬいぐるみがあった。
「あれ、なんだか五つ、小さなお人形がついてる」
使役している霊達だろうか、と魔女は見当を付ける。実に細やかな箇所まで再現されていると、感心した。
「……でも、」
ほんとに欲しいものくれないな、と内心で思う。
あの人の事を思い出して、少し顔が熱くなった。
×
「あれ、おっきいねこちゃん」
施設にある自前の薬草園の温室で草抜きをしていると、側に現れた。最近、稀にではあるが魔女の近くに姿を表すのだ。
「やっぱり、おっきいね」
改めて、その黒っぽい毛並みや姿を見る。
「ねこちゃん……もしかして、」
そっと手を伸ばすと、それは近付いてきた。それに触れるために持っていた道具を置き、分厚い手袋を外す。
「わたしが第四学年の時も、居た子なの?」
学生時代での色々のついでに、思い出したのだ。
撫でると滑らかで柔らかい毛並みの感触がする。かりかりと指先で頭を掻いてやると、気持ちよさそうに目を細めてぐいぐいと撫でる手や腕に体を擦り付ける。
「わわ、力強いね」
押されて、尻餅を搗いた。その魔女に覆い被さるように迫ったそれは、じ、と魔女の顔を見た。
「ん、なに?」
首を傾げると、すり、と頬擦りをし、そのまま魔女の上に身体を乗せる。
「重いよ」
ふへへ、と柔らかく笑いながら、その胴体を撫でた。柔らかい毛並みの下に、しっかりとした固い筋肉の感触がある。
「あのね、おっきいねこちゃん」
それを抱きしめ、ゆっくりとその胴体を撫でながら魔女は言葉を零した。
「最近、あんまり良いことないんだ」
小さく溜息を吐くと、それの長い尾がさらりと魔女の頭を撫でる。
「息子がね、同じところにいるんだけど。すごく疲れた顔をしてて」
養子の次男は、小さい頃から睡眠が四時間程度で済む体質なので、寝不足、ではないのだろう事は分かっていた。
「……ピアスとか、いっぱい着けてて」
昔も少しは開けていたけれど、量が明らかに増えている。
「なんだか、すっごく痛そう」
話しかけると、少々顔色は悪いものの、何事もない顔で対応するのだ。
「……でも、なにも話してくれないの」
そして、一切も頼ってくれない。それが、少し悲しい。
「それと……」
目を泳がし、口を閉じる。
「……わたしね、すっごい大好きな人がいるんだ」
言うと、先程までごろごろと喉を鳴らして撫でられていたそれが、薄く目を開いた。
「ケンカ……した訳じゃない、と思うんだけど。今、なんとなく会いにくくて」
撫でながら、魔女は溜息を吐く。
「どうしたらいいのかなぁー」
溜息を吐きながら、すりすり、とそれに頬擦りすると
「あっ」
それは身体を起こし、するり、と魔女の腕を抜け出した。目で追おうとした時には、その姿は無い。
「ねこちゃん……」
しょんぼりと肩を落とすが、戻ってこなかった。
それから年が明けて愛の日が来る。
その日は長女の誕生日。長男と同じように傷薬を送った。




