┣3年目の秋。
「自由っていいねー」
んー、と伸びをし、魔女は言葉を零す。
「棒読みじゃねーか」
その様子を見ていた同僚の男は、呆れ気味に言った。
秋も深まる最中、魔女は毎年のように虚霊祭に向けて準備をしていた。
必要な業務は終わり、私的な時間なので問題はない。
「なに」
眉根を寄せ、魔女は現れた同僚の男に視線を向ける。
「なんだよぉ。ただ、事実を指摘しただけだろ?」
人好きのする笑みを浮かべたままで、答えた。
「で。軍医中将殿は、家には帰らないのか」
笑みを浮かべているが、目は笑っていない。『いい加減帰れ』ということらしい。
「……えへ?」
精一杯、可愛さを押し出して誤魔化してみる。
「ぶりっ子やってんじゃねぇよ。価値薄れんぞ」
けっ、と唾を吐かれてばっさりと切り捨てられた。
「ひっどい! せっかくやってみたのに」
むー、と魔女は口を尖らせる。
「せっかくでもやるな」
だが、同僚の男はぴしゃりと断った。
「それに、他のやつには効くかも知れねぇけどよぉ」
がりがりと雑に頭を掻き、同僚の男は溜息を吐く。
「俺に効く訳ねーだろ」
言われて、確かにそうか、と魔女は頷いた。同僚の男が奥さんのことが好きなのを思い出したからだ。
「っつーか、俺まだ死にたくないんだよ。二度とするな」
そして睨まれた。
「なんで死んじゃうの? 病気?」
首を傾げると「多方向からの色々」と簡潔に返される。
「……とにかく。話し合いの場や機会くらいは俺が用意するから、な」
理由はともかく、帰り難いなら手伝うと提案をされた。
「えー」
ちら、と同僚の男を見上げると『謝りに行け』と目が語っている。
「傷は浅いうちが良いんじゃねーかなぁ」
手遅れだろうけど、という小さな声ははっきり聞こえていた。自覚もしているし。
「……ま、まあ機会があればねー」
目を泳がす魔女に、同僚の男は肩をすくめた。
×
それから。
虚霊祭の日が来た。
「(結婚記念日……)」
それと、長男の誕生日。正しくいうと、誕生日はその次の日になっている。
長男には誕生日プレゼントのお手製傷薬を送っておいた。
いつも通りお菓子を配り夜を迎える。
だが。
「(……なんか、怖い)」
得も言われぬ恐怖や不安感があった。
まるで、初めて拐かしの精霊に出会った時のような、魔力を吸われる直前のような、嫌な感覚が。
それは軍部の仮眠室に入っても尚、続くものだった。そっと布団に潜り込むその身体は知らずに震えている。
と。
「あれ?! おっきいねこちゃん!」
ベッドの側に、黒っぽい毛並みの大きな猫が居た。
深い緑色の目で、じっと魔女を見つめて居る。
「どこからきたのー?」
ベッドから抜け出そうとすると、押し留めるかのように頭でぐいぐいとベッドの中へ戻された。
「ちゃんと寝ろってことかな?」
撫でると、気持ちよさそうに目を細めて、ごろごろと低く喉を鳴らした。
「(……なんだろ)」
少し聞き覚えがあるような気がする。
「いっしょに、寝よ?」
ダメ元でお願いしてみると、ふん、と鼻を鳴らされた。
「……だめ、かな……」
しょんぼりと落ち込んでいると、ベッドが新たに増えた重みで軋んだ。視線を上げると、大きなそれが居る。一緒に寝てくれるらしい。
「わ、ありがと」
ぎゅーとその温かい身体に抱きつくと、何だか懐かしい匂いがした。目の奥が、じんわりと熱くなる。
「(……なんだか、安心する)」
そのまま、魔女は眠りに就いた。




