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薬術の魔女の結婚事情  作者: 月乃宮 夜見
二人の生活

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逃亡生活3年目。


「……さ」


 机に突っ伏し、魔女は少々青い顔で溜息を吐く。


「三年、たっちゃった」


 『もう、なんで来ないの!?』とか『帰りにくいよ!』とか色々と叫びたいが、我慢をする。だって家を飛び出したのは自身の勝手な都合だから。そのくらいの常識は持っている。

 まだ研究が途中なので自主的に帰るつもりはないが、帰った時に、一体どんなことになっているのやら。

 流石の彼も怒ってしまうんじゃないかしら。


「(……怒る、ってどんな感じかな)」


 そっと顔をあげて、ベッドに置いてある大きなねこのぬいぐるみに目を向ける。その存在が、なんとなく安心感を与えてくれるからだ。


 『怒る』という行為は、一般的には大声で怒鳴ったり(なじ)ったり、暴力に働き掛けることもある。

 再び、机に置いていた腕に顔を(うず)めた。そしてゆっくり息を吐く。


「(…………そういえば、あの人)」


閉じ込めたり拘束したり、脅かしたり頬を引っ張ったりすることはあっても、不都合に対して物理的な暴力を振るう事は一回もしなかった。


 他者に対してはどうかは知らないが、魔女や子供達に対してはそういった素振りは見たことがない。


「(やっぱり、根はいい人……なんだよね、多分)」


 いい人というか真面目というか。


「(性格というか、根性とか性根が腐り切って捻れているけど)」


 他人の不幸を喜ぶ人は、少なくとも根はまともじゃないし真っ直ぐでもない。


 常識外の価値観を根本に持っているのに、それを堪えて普通の人かのように生きる。


「……」


 自分は、どうだろうか。と、少し考えてみる。

 ちょっとだけ自由に生きている程度、のはず。


「(…………あの人も、)」


もう少し、自由に生きたらいいのにな。


 そんな事を思いながら、目を閉じた。


×


「だけどまあ、縛られたくないしなぁ」


 その夜、布団に潜り込みながら魔女は呟く。


 彼に『自由に生きていい』なんて言ったら、自分が一瞬で捕縛されて拘束される事ぐらい、容易に想像できた。


「ん゛ー」


 かなり具体的に想像できてしまい、拘束された気分になって、くしゃっと顔をしかめる。

 やっぱり、価値観のすり合わせは難しいらしい。

 夫が我慢強い性格でよかった、と思い直した。


「やっぱり、自由が一番だよね」


 ふふん、と鼻唄を歌いながら薬草の図鑑のページをめくる。これは、学生時代に夫が『愛を返す日』にくれたものだ。

 本としては随分と古くなってしまったけれど、内容は十分に使えるし、何度も傷んだ箇所を直したり保存用の魔術を掛けて酷くならないようにしてある。無論、耐火耐水性もばっちりだ。


 そして、魔女はいつの間にやら眠り込んでしまった。


×


「すぴー」

「……」


 眠る魔女の元へ、悪魔は現れた。魔力ではない空間移動用の術で防御の結界全てを、すり抜けた。


「(……貴女は、本当に)」


何を考えているのか、分からない。


 同僚に問われた際に『離婚なんてしない』『する訳がない』『本当に離れ離れになる』と、嬉しい事を云ってくれたというのに。

 『縛られたくない』だの『自由が一番』だのと言う。

 悪魔は魔女の枕元で、更に近付く為に膝を突く。


 そっと彼女の顔に手を添えて、その柔い頬を指先で撫でた。

 起きるやも、と逡巡したがそのまま撫で続ける。

 結婚前の儀式で、かなり触れても目を覚さなかったそれを思い出したからだ。

 それに、起きて気付かれてもそれはそれで良いかもしれぬと思い直した。


 起きて叫ばれても、それで良い。

 悲鳴をあげる、嫌悪の言葉を吐く、誰かに助けを求める。

 何れの行動も、無駄にしてやるのだから。

 寝たままでも、それで良い。

 一番、安堵できる。


 妻が、彼女自身の知り合いに『何故戻らないの』かと問われる事は、今までに多々有った。

 その度に『研究がまだ途中』と『他にやる事ある』と彼女は答えている。

 それはきっと、彼女自身の本音なのだろう。


「(矢張り。()()()()()()()()())」


自分を最優先して欲しいが、彼女を意味なく苦しめたい訳じゃない。

 苦悶の表情を浮かべて、腕の中で必死に抵抗する彼女は可愛らしいが。


 仮に、その言葉が建前で本当はただ単純に嫌いになっただけだったなら。

 思考しようとして、止めた。代わりに、撫でていた頬を軽く(つま)む。


「(……(しか)し。よく伸びよる)」


 相変わらず柔らかい頬だ。

 摘んで、ゆっくり引っ張る。


「……ふみゅ」


だが、彼女は眉根を寄せただけだった。


 悪魔はそっと身を(かが)め、その耳元へ顔を寄せる。


「……小娘。いつか、()()()()()、帰って来て下さいまし」


 そう、言葉を吐いて消えた。


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