┗2年目の夏。
瑞々しく青い春が終わり、乾いた夏が来る。
呪猫は二重に張られた結界のお陰で、夏場は少々快晴になり難く油照り。風はやや少なく蒸し暑く、地域の位置としては北寄りの癖をして体感では最も暑くなる。
だから、王都の乾いた夏は平気だった。日陰にさえ居れば、暑くは無い。
ただ、陽の光が眩い事だけが問題か。
庭の手入れを式神と魔女の残したゴーレム達に任せ、悪魔は持ち帰った仕事を済ませて自身の研磨へ時間を割く。
作業の最中、悪魔はここではない場所の音を聴く。
『んー、この薬草使おうかな』
それは魔女の声。
彼女の服に縫い込んだ、盗聴の呪符の効果である。
監視用の式神は外した。理由は細いもの……例えば鳥の羽の様なもの、で術の要点のみを破壊されたらしいからだ。
随分と警戒されているらしい。
「(……まあ。無理も有りませんか)」
『魔女』が逃げた者の力を纏った、隠蔽の術式と盗聴機能付きの居場所標識が有ったのだから。
それは同僚としても人の身柄を預かる者としても、看破出来なかったのだろう。
だから。
その次の日、魔女の私物に呪符の刺繍を施した。
縫い込んだ呪符は、彼女がほぼ毎日身に纏う白衣の一部に。
機能は監視の式神とほぼ同じ。それに『不埒な目的で近付く者を弾く』機能を追加した。……何故か自身にも発動したので、『自身を除く』の命令式も入れる。
なので、彼女が白衣を纏っている間、悪魔は魔女の声を聴くことができた。
因みに換えの白衣や予備にも既に仕込んである。他、私物にも。
弁明をすると、ねこのぬいぐるみには何もしていない。
とは言いつつ。
「(矢張り。彼女が居ない其れが堪える)」
自身はこんなにも『誰かが居ない事』に弱かっただろうかと、嘆息する。
「(……彼女の声が、少しばかりの私物が残っているだけ良いではないか)」
そう言い聞かせても、足りないと感情が訴え掛ける。
そうか、と思い至る。
感情を得てしまった故に、『誰かが居ない事』に弱くなったのだと。
×
痛い。
ふと視線を向ければ、いつのまにやら傷ができていた。
「(嗚呼、妙な癖が付いた)」
心臓に痛みが走った時、それを誤魔化すかの様に物理的な痛みで上書きする。
要するに、自傷行為。
己の体は、獣に引っ掻かれたかの様に酷い有様だった。
「(……彼女に見られては困る)」
帰って来ないので、見られる事は無いのだが。
そう思うと、更に痛みが増して思わず奥歯を噛み締める。
見る間に、じわり、と血の色が滲んだ。それは溢れ出し、ぼたり、ぼたり、と床へ落ちる。
早く、処置をしなければなるまい。
咄嗟に、出来た生傷を魔力で覆う。すると、すぐさま傷が癒える事に気付いた。
痛い箇所は魔力で覆い隠せば、痛く無くなるらしい。
魔力での止血と鎮痛を行い傷に軟膏を塗り、隠した。




