┣2年目の春。
『相性結婚』の折に与えられた屋敷は、独りで過ごすには随分と広い。
誰かの生活が在った痕跡が残っていると、尚更に。
最近では、悪魔は自室と書庫で日々を過ごしている。そうすれば、誰かの痕跡等に目が向かなくなるからだ。
×
目を閉じると、『それ』の気配がした。
持ち主に回収され消えたはずの『熱の穢れ』の気配を。
それに。文言を正した筈なのに、気付けば文言の内容が少し書き換えられている。儀式前にさりげなく文言の書かれた書物に目を通しては、修正を繰り返していた。だが、ごく稀に修正した筈の箇所が元に戻ってしまう。
修正が必要な箇所は大分減った。そのお陰か初めの頃と比べ儀式は格段に楽になったものの、相変わらず過剰に魔力を吸われ、苦しいままだ。
『……おかしい。どこかから、横やりをされているのかもしれない』
そう、あの黒い人型は告げた。原因は相変わらずも不明。
『熱の穢れ』が選ぶ宮廷魔術師は、若い者と魔力の多い者。そして、魂が人間でない者。
悪しき精霊である猫魈の混ざる自身も、例外ではない。だが、古き貴族通鳥の当主である後輩へは、なんら干渉は無い。
『それ』は何か、明確に別の意思を感じられるものへと変わっていた。
『とは言いつつ。正体は、やっぱりよく解らない』
『黒い人』はそう告げる。
『とりあえず、何か心当たりとか探るけど』
白い人型にも聞いておくという。
×
「ところで」
珍しく屋敷に現れた『黒い人』は、銀に煌めく虹彩を悪魔に向けた。
「『命の息吹』とは仲直りしたの、『呪う猫』」
表情のない顔で、だが好奇心に満ちた目で問い掛ける。
「…………出来ていた成らば。此の様な事態には成っておりませぬ」
悪魔は諦めた様子で小さく息を吐きつつ、静かに視線を横にずらした。
「まあ、だろうね」
分かっているのに敢えて聞くとは、何のつもりか。何となくで兄上の様な、碌でなしの気配がある。
思いつつも、力の差が大き過ぎるので、言い返さなかった。
どうやら、『黒い人』は魔女の事を『命の息吹』、悪魔の事を『呪う猫』と呼ぶらしい。
きっと、『おばあちゃん』が幼名、或いはそうなる予定だったもので呼ぶそれと同じようなものだろう。
『黒い人』が去り、悪魔は用意した茶器を仕舞った。
「……」
裾を引かれた気配がし、視線を下げる。
足元にはごーちゃんと名付けられたゴーレムが居た。
「……嗚呼、もう其の様な時間でしたか」
目を細めて無機質な顔を見、次に庭の方へ視線を向ける。庭には、魔女が置いて行った他のゴーレム達が居た。
「彼女の代わりに、私が回収すれば良いのでしたね」
呟くと、それは頷く。
もう、春の薬草や野菜を含む作物達の回収の時期だったらしい。
彼らは基本的に魔女の命令しか聞かないが、言い方を工夫すれば少しは聞いてくれる。
「(……明らかに、ゴーレムの域を出ておる)」
思いつつも、そのまま屋敷の庭に出た。




