逃亡生活2年目。
「あれ」
ふと気付けば、屋敷を飛び出して2年目に突入していた。
手に持った実験器具をそっと台に置く。そのまま視線に入った日付けに、思わず目を逸らした。
「結構、経ってるな」
もちろん、彼の事は片時も忘れた事はない……筈だ。
「(……最近、研究ばっかりで忙しかったからなぁ)」
無意識のうちに、彼の事を考えないよう研究に思考を逃避していた。しかし。寝る前とか、彼がくれた物を見ると勝手に思い出してしまう。
彼を思い出すと同時に、家を出てからしばらくの間中々眠れなかった事を思い出した。
「(でも、最近はすぐに眠れるんだよね)」
彼の居ない日々に慣れた、のだろうか。
いつぐらいから眠れるようになったのだったか。
「(……たしか)」
視線を動かし思考すると、目につく物がある。
ベッド近くの棚に乗せた、小さいねこのぬいぐるみ。あれが来てから、格段に眠り易くなった。
聖人の祝福が、眠れない自分に眠り易くなるおまじないでもかけてくれたのかも、と呑気に魔女は思う。
×
それから、今期から自身の次男が『魔獣殲滅部隊』の一団の団長になったと聞いた。
王都の軍部に入隊した養子である。
早いうちから王都の軍人を育成する機関に入っていたので、まあそれなりに妥当な身分だった。エリートコースをまっしぐらに進んで居る。
しかし、まだ入隊してから少ししか経って居ないので素晴らしい事だと魔女は頷いた。
以前までは魔女が最年少での昇格の記録を持っていたが、今回で息子に塗り潰されたのだ。まあ、魔女は全く気にして居なかったけれど。
「昇格おめでとう! わたしも鼻が高いよー」
と、魔女は養子を褒める。それに対して『努力をしたので当然の事』と、特に嬉しがる様子を見せなかった。
それと、わっしゃわっしゃと犬を可愛がるかのような魔女の撫で方に、養子は少々鬱陶しそうに目を細めていた。
「——それで、『軍医中将』殿。ご自宅へ、中々に帰宅なさらないと耳にしたのですが」
休憩所でゆっくりしていた時、二人きりになったタイミングで養子はちら、と魔女を見た。
ずっと軍部の寮で生活しており、養子は育ての親の実家の様子は詳しくは知らなかったのだ。それで、最近気になる噂話を聞いており、真相を確かめようと質問を投げ掛けた。
「ぎくっ」
身を強張らせて視線がスゥーっと静かに横に向いたところで、『何か』が有ったのだなと察した。
「あの人とは、連絡は取っているのですか」
『あの人』とは無論、『魔女』の伴侶の事である。
「えーっと」
視線が泳ぎ過ぎだ。
普段何を考えているのか分からない『魔女』が、酷く動揺しているので質問の答えをあっさりと察した養子だった。




