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薬術の魔女の結婚事情  作者: 月乃宮 夜見
一年目

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そうじゃない。


「紙くずとか砂とかの入った乾いたゴミ箱だったから良かったけどさ」


 言いつつ、薬術の魔女はゴミ箱から拾い上げたノートを叩いた。幸い、表面がやや汚れただけでページが破れていたり、中身を汚されていたりなどされていなかった。


「生ゴミとかお菓子とかの入ったゴミ箱だったらタダじゃおかないからなぁー!」


 言いつつ、物好きなやつがいたものだと溜息を吐いたのだ。

 実は、初等部の頃や魔術アカデミーに入学して間もない頃にも似たような経験をしていた。

 内容は持ち物を隠される、転ばされる、遠巻きに何かを噂される、そんなところだ。

 その時の理由は簡単に、『自分より顔が綺麗で気に食わない』『すかした態度が気に食わない』『自分より優秀で気に食わない』と言うそんな理由だったらしい。


 今回と同様、最初はどうでもよくて(と言うか気付かなくて)気にすらしていなかったのだが、反応を見るためかそれらはやがて増長し始めた。

 なので、それを行った者達に報復として毒で仕返しをした。

 薬術の魔女自身の『よく馴染む魔力』は、対象の成分を抽出すること、物に染み込ませることにはうってつけで、無害とされている成分を()()()()()して生成した『検出時は無害とされる成分()』を自身の持ち物に染み込ませた。


 薬術の魔女は幼い頃から薬や毒に馴染みがあり、非常に耐性が高い。むしろ毒がほとんど効かない。

 なので、自分以外が触れると毒が作用する持ち物ばかりを所持することになり、また生み出した成分の効能から『原因は明らかに薬術の魔女だと分かっているのに証拠が見つからない』状況を作った。

 そうして、勝手に自身の持ち物に触れた相手に報復をしたのだった。

 その結果、『薬術の魔女(あいつ)は相当やばいやつだ』と周囲の学生達から見做(みな)され、変に手を出す者もいなくなった。なぜ友人Aと友人Bが今もまだ友人で居続けてくれているのかが不思議なくらいである。


「(……あれやるの、ちょっとめんどくさいんだよなぁ)」


 鞄にノートをしまいながら、薬術の魔女は思考を巡らせる。植物の成分と自身の魔力を馴染ませ、それを別の物に染み込ませるそれは、薬品を生成するよりも随分と慎重な魔力操作の能力が必要だった。

 おまけに、その主成分を生成してくれる植物は、冬の時期にはあまり採れない。


「(ちょっともったいないかなぁ)」


 そう、ややずれたことを考えながらいつも通りに、昼食を食べるために薬草園へと向かうのだった。


×


「いただきまーす」


 蓋を開ければいつものように、わさっと薬草が溢れ出た。


「んー、やっぱ冬は六花(りっか)草だよね。シャリシャリ歯応えが良いもん」


もしゃもしゃ葉っぱ達を食み、うんうんと一人頷く。六花草はその名の通りに六花、つまり雪の結晶のような奇妙な結晶状の花を咲かせる植物だ。

 主な効能は解熱と鎮痛、抗炎症作用。花は鑑賞、葉っぱは湿布やハーブティーなどに利用されることが多い。


「あ、でも夏に備えて早めにたくさん採っておかなきゃだ。すぐ溶けちゃうし」


 薬術の魔女が食べている薬草達は効能を抽出し終えた、成分無しの抜け殻のようなものだ。薬術の魔女が食べる、薬草弁当の主な中身は抜け殻の薬草達なのであった。


「冬の山は遭難し易いのでお気を付け下さいませ、『薬術の魔女』殿」


「うんそれは大丈夫だよ。方位磁針と方位魔石両方とも持っていくから」


「然様で。……随分と良い道具をお持ちのようですね『薬術の魔女』殿は」


「まぁね。これでも結構稼いでるからさ」


「成程。『薬術の魔女』殿は学芸祭以外でも薬品の販売をなさっておりましたね」


 霜を噛むようなシャリシャリした歯応えを楽しみつつ、薄らと残る冷たい風味に舌鼓を打つ。


「……」


 横に視線を向けると、魔術師の男は懐から出した帳面(ちょうめん)を静かに読んでいた。


「…………何か、私の顔に付いておりますか。『薬術の魔女』殿」


その視線に気付いたのか、魔術師の男は薬術の魔女に微笑む。


「………………いつのまに?!」


 弁当箱をしっかりと抱えたまま、薬術の魔女は座っていたベンチから数歩離れた。


「初めから居りましたとも。『薬術の魔女』殿」


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に、魔術師の男は座っていた。優雅に足を組んで座り、帳面を懐に仕舞う。


「えっと……気付かなくてごめんね?」


「いえいえ。私の方も気配を薄くさせるのが職業柄癖となっております(ゆえ)()()()()()()過失はありませぬ、『薬術の魔女』殿」


「そっか!」


 穏やかな、と言うよりかはやや妖艶な魔術師の男の笑みに、薬術の魔女もほっと安心して笑みを浮かべる。


「いや嘘言わないでよ。絶対さっきまでそこにいなかったよね」

「おや」


「あとさっきからなに? なんだか当て擦るみたいに『薬術の魔女』殿呼びして」


「……気の所為(せい)では」


「そんなわけあるか! さっきから何度も呼んでさ! わたし、そんなに耳遠くないよ?」


「…………然様ですか」


 そして、再び沈黙が走る。


「で、なんの用事?」


「『用事』、とは?」


「とぼけないでよ。特に用事ないなら、きみはわたしのところに来ないでしょ」


 首を傾げ、薬術の魔女は魔術師の男の顔を見……ようとして目を逸らした。


「……。そうですね」


その様子を粛然として見ていた魔術師の男は静か立ち上がり、ゆっくりと薬術の魔女の方へ一歩近付く。


「……な、なに?」


聞き返し、薬術の魔女は二歩分後退(あとずさ)る。魔術師の男からやや顔を背けながら。


「…………」


魔術師の男は、ふ、と小さく息を吐いた後に


「何も御座いませぬ」


視線を逸らしてそう答えた。


「え、」


そのやや諦めたような……少し、寂しそうな表情に呆けている間に


「時間切れです。()れでは」


と、魔術師の男は姿を消す。そして、遠くからアカデミー生達の談笑する声が聞こえてきたのだった。


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