┣1年目の秋。
『秋』とは言っても既に終わりかけの晩秋である。
魔女が家出を初めてから、ひとつ季節が過ぎ去ろうとしていた。ゆっくりと溶けるように秋が終わり、その背後に隠れた冬が来る。
暗く寒い気配をちらつかせた強い風が、思い出したかのように吹いては枯葉を吹き飛ばした。
「結構、時間経つの早いなぁ」
仮眠室……と言うには私物が多く、随分と居心地の良さそうな部屋で、魔女は呟いた。
呟きながら、御守りを模した札を下げた不織布の袋に、手作りの焼き菓子を入れている。
魔女は今、虚霊祭の準備をしていた。
軍部に入ってから少しして、魔女は友人達と店を立ち上げた。店の場所は、以前に魔女が薬品や雑貨を売っていた所と同じ店舗だ。少し改装しており、店舗は新しくそして広くなっている。
その店では衣類と化粧品、雑貨やお菓子を販売していて、季節毎に色々と催しものを計画していた。
虚霊祭でのお菓子配りも、そのひとつである。
今までは、夫に札を作ってもらっていたが、今回は個人的な事情により、魔女のお手製の札だ。
お手製、とは言っても判子を作ってそれを、ぽん、と押しただけの札である。『おばあちゃん』のくれたお守りを模したもので、魔力の篭った特殊な着色液で印を付けるのだ。
×
「ふー、やっと終わった」
伸びをして、ベッドに潜り込む。
潜り込んだそれは一人分の体重で、ギシリ、と軋むような、簡素で簡易的なベッドである。
いや、そうだった、というべきだ。
魔女の居座る仮眠室のベッドは、クッション性の高く疲れにくいものに改造されており、十分に寝心地の良いものとなっていた。
「…………」
そんなベッドの上で、ころ、と魔女は寝返りを打った。
「(やっぱり、今日もか)」
暗くした部屋で少し目を開き、小さく息を吐く。
今日も、すぐに眠れなかった。
屋敷を飛び出してからいつも、寝ようとしてもすぐに眠れない。
よく分からないけれど、なんだか落ち着かなかったのだ。
屋敷に居た時は驚く程に寝付きが良く、あっさりと眠れていたというのに。
「(…………あの人が、居ないから……かな)」
ぎゅ、と、いつぞやの聖人の祝日にもらった、大きな猫のぬいぐるみを抱きしめた。
屋敷に居た時も、彼が不在の時にはお供になっていたぬいぐるみだ。こっそりと回収した彼の魔力が染み込んでおり、少し、彼の匂いがした。
「……(来ないなぁ)」
と、思ってみる。
全くの音沙汰が無く、季節がひとつ過ぎるからだ。
寂しがり屋の彼だからきっと、一月くらい過ぎれば会いに来てくれるものだと思っていた。或いは、連絡の一つくらいくれるものかと。
そして、もう一つ思い出す。
魔女が薬猿へ研修に行った時は、彼は自分の意思では来なかったな、と。
「……ふん」
小さく鼻を鳴らした。
「(せめて一度くらいは、素直に会いに来ても良いのに)」
そう思いながら、魔女は毛布に頭まで潜り込んだ。




