逃亡生活1年目。
「……逃げちゃった」
少し肩を落として、魔女は呟いた。
きっと今回は、彼は悪くない。
だからといって、自分が急には変われないことも知っている。
「(とにかく、気持ちを落ち着かせなきゃ)」
てくてく、街の中を歩く。
そして歩く間、魔女は無意識に行方を眩ます魔法を使っていた。
彼に、すぐに見つかりたくなかったからだ。
彼女は、小さくも大容量の旅行鞄を抱えていた。中には各季節を数日程度、快適に過ごせるだけの衣類や薬品が入っている。
「それに2ヶ月も、我慢したし」
ちょっとだけ、自分の好きにしても良いだろう。
魔女は、あまり我慢強い性質ではない。嫌な物事は一月以内で投げ出すタイプだ。
相手が彼だったから、2ヶ月も耐えた。
×
そして、魔女が逃げ込んだ先は軍部だ。
魔女専用に作られた隔離施設、通称『医術薬術開発局』。そこは軍用の医療品、薬や道具を開発する施設だった。
軍部の施設で防犯や安全性はばっちりで、当然のように簡易的だがシャワーやベッドがあるからだ。
施設では大抵は上から依頼されたものを開発している。だが時折、魔女が興味を持ったものを私的に開発するので、他にも化粧品や小物類も開発している。
「どうしたんだよ、そんな大荷物」
よいしょ、と魔女が旅行鞄を仮眠室に置いた時、仮眠室の外から気怠げな声が掛けられた。同僚の男だ。
「随分とまぁ、色々と荷物が詰まってるじゃねーかよぉ」
普段通りに、人好きのする笑みを浮かべている。
「家出か?」
しかし腕を組んでおり、その雰囲気はやや硬い。
警戒のような、心配をしているような印象だ。
「んー、まあそう」
鞄の中身をごそごそと探りながら、魔女は身構える事なく、そして素っ気なく答えた。
「……理由は?」
問う声が、心配する声色になる。
「価値観の相違」
鞄を探りながら、あっさりと、魔女は答えた。
鳥のように逃げたい魔女と、枝のように絡みついて離したくない悪魔。相反する価値観である。
「そうかー……」
色々を思い出したのか、同僚の男は少し苦笑を漏らした。
「あと、わたしの意に介さない事も時々するから。それからの逃亡」
気が済んだのか、ぱたん、と魔女は旅行鞄を閉じる。
「……」
家庭内暴力、だろうかと、同僚の男は少々思考する。
『相性結婚』の弊害でよく言われるものではある。だが、魔女の伴侶が魔女に手を上げるそ人物かと聞かれると。
それに、『相手の意に介さない事をする』とは言ったが、痛いとか怖いとは言っていない。
「……」
だが、魔女が悪魔の下から逃げた事実はある。
「実験、いっぱいするぞー」
と、呑気に魔女は伸びをした。




