三度目のお話。
「結構、子育てって楽しかったね」
柔らかく笑い、魔女は言葉を零した。
「休む暇もなくて忙しい、って感じだったけど」
懐かしみ、幸せそうに溜息を吐く。
「なんとなーくだけど、双子ちゃんとかちょっと興味ある。みんな一人ずつだったし」
かわいーのがいっぺんに二人分って、どんな感じなんだろーと、彼女は首を傾げた。
「……然様ですか」
言われても、少し困る。
実際、呪猫の血だと多産になりがちで、多胎児など生まれる事が多々あった。しかし、それは呪猫の女性だから、なのだろう。
それに、出産限界の年齢はまだ随分と先であるが、流石に彼女の負担になるのではないだろうか。
今や『相性結婚』で結ばれた二人は『唯一の成功例』と言われている。
実際、二人以上も子供がいるし、全員魔力の質が良く、且つ性能も良いからだ。『唯一の』が付いている時点で他の結果等察しが付く。
「周囲からの評価とか、どうでもいいかな」
魔女はそう答える。
「然様で」
夫の悪魔も同様。心底どうでも良い。
「まあ、それはいいんだけどさ」
話は置いといて、と魔女は悪魔を見上げた
「はい」
彼女を見下ろし、悪魔は微笑む。
「距離、近くない?」
悪魔は魔女を腿に横向きに座らせ、彼女を抱き抱えていた。
「距離を測り兼ねているのです」
答えつつ、『子供が生まれる前の距離感に戻したつもりだ』と、彼は主張する。
「そう? 結構近いよね」
『もう少し距離が空いていた筈だ』と、魔女は言い返した。
「……ようやっと、貴女とゆっくり話ができます」
だから、近くても問題は無いのでは、と彼は言いたいらしい。
「ん。でもまあ、そんなにかしこまることもないと思うよ?」
もぞもぞと身を捩ると腕を緩めてくれ、その拍子に魔女は彼から降りた。
×
「やっぱり、近いよ」
それから一月と少し経った。
「そうですか?」
首を傾ける彼は、魔女の目の前に立っている。触れてはいない。変な接触がある訳ではなく、ただ、そこに居るだけだ。
「うん。最近ずっとそんな感じ」
じりじりと少し後退り、魔女は彼を見上げた。こんなに、圧力のある人だっただろうか、と魔女は内心で首を傾げる。
「……私は、十分に待ちましたが」
低く呟き、悪魔は一歩、彼女に歩み寄った。
「で、でもさ。心構えってものがあると思う」
三歩、魔女が逃げる。
「…………心構え?」
追わず、彼は柳眉をひそめた。
一体何年、共に暮らした仲だと言うのだ。彼女の年齢を考えると、どう考えても結婚してからの生が長い。
結論というか事実を述べると、彼は確かに子を成す前の距離感に、ぴったり戻した。
ただ、魔女の彼との接触の耐性が下がっただけだ。
仕事と子育ての両立で忙しいだろうから、と、彼が過剰な接触を控えた結果の弊害だった。
寝る前に行っていた触れ合いも、育児の忙しさにかまけていつのまにか行って居なかったので、それも拍車を掛けた可能性がある。
×
それから一月後。
彼女がいなくなっていた。
『相性結婚』のお試し期間中に一度目。
結婚生活を始めた頃に二度目。
そして、子育てを終えた今。
三度目の逃亡である。




