もっと先の予定の話。
「んー、広くなったね。やっぱり」
子供が居なくなったからか、魔女は居間のソファで少々だらしなく寛ぐ。背もたれに対して体を平行にして横たわった。
同じソファには既に悪魔が腰掛けていたので、彼の腿に上半身を乗っけている。
「ね。お互いに時間に余裕ができたら、旅行とか行ってみない?」
彼に寄り掛かりながら見上げ、思い付きを魔女は提案する。
「……私は、宮廷魔術師で御座います」
す、と視線を斜め下に逸らして少々申し訳なさそうに悪魔は言葉を返した。
そのまま、腿に乗った魔女の頭をゆっくりと撫でる。すると、魔女は少し上機嫌そうに目を細めた。
「其れ故に、国外には出られませぬ」
宮廷魔術師は、国内で最も魔術について詳しい職業である。
要は、意志を持った強力な魔力兵器のように、他国の者は考えてしまうのだ。
普通程度の攻撃や捕縛の魔術式では効果が薄く、且つ広範囲に魔術を行使できる。それ故に警戒され、国の安全の為にも、宮廷魔術師の入国を拒否する国は多い。
また、この国も安全性の観点から宮廷魔術師の外出を基本的には禁じていた。
「そーなの?」
知らなかった、と魔女は目を丸くする。聞いてても、ただ興味が無くて忘れただけかもしれないが。
「はい。……如何しても、と言う成らば方法は無くは無いですが」
例えば、魔術を封じる首輪と口覆い付きで且つ手も拘束された状態とか。
まるで罪人の出立ちのようだが、実際、宮廷魔術師が外国に出る際はそういう格好にならざる得ない。
「それでもいいよ」
もうちょっとおしゃれにしたいけど、と魔女は付け足す。本当に拘束されたままの状態では旅行できない。いや、そんな状態の夫とは出かけたくはない。
謎の性癖を持っているように見られたくないからだ。
「それに、その時はその時に合わせた計画を立てればいいんだし」
笑顔で魔女は告げた。心の底から、悪魔と色々な場所へ旅行に行きたいと思っているらしい。
「あと思ったけど、わたしもあんまり外には出られないかも」
ふと思い出した様子で、彼女は零した。
「ほら、わたし『魔女』だし」
色々な発明や功績により、国内で『魔女』を恐れる声はもう殆ど無くなっていた。同盟国でも同様である。
だが、他国の一部では未だに『魔女』を恐れる声は残っている。だから、旅行に行った先で『魔女』だからと拒絶や排斥されてしまう可能性があった。
せっかくの楽しい時間をそんな些細な事で台無しにはしたくなかったのだ。
「出張で外国に行く、ならあるかもね」
窓の外を眺めて魔女は呟く。
腐っても軍医中将なので、ある程度の外国との交流があるのは確かだった。
「……まあ、国外への旅行、は暫くは無用の話でしょうか」
休日はゆっくりと過ごせるものの、二人はそれぞれで仕事は忙しいし定年退職する年齢になるのも、随分と先の話だ。




