制度のその先。
子供達の思い出話は、酷く魔女の心を落ち着かせ、それと同時に少し寂しさを呼んだ。
「……ふと思ったけどさ。『相性結婚』って、子供を産んで育てるまでしか補償してくれないよね」
少し唇を尖らせ、不満気に魔女は零す。
「まあ。其の為の制度ですし」
興味がなさそうに、軽く悪魔は頷いた。
『相性結婚』の制度は相手同士を引き合わせて結婚させ、子を成してもらい、それから初等部の卒業を迎えるまで……は、金銭や保険関連の補償をしてくれる。
だが、初等部を出てからは、あまり手厚い補償は無かった。成人するまでは保険の補償は有るのだが、学習に関連する補償は無くなるのだ。
それは、初等部教育が国の指定した、必要な生活能力を獲得させる義務教育の範疇だったからだろう。
それ以降の学習は基本的に任意で、商人や農民等、平民の大半はそこから家業を継いだり師範を見つけて修行を行ったりする。
そして学業機関に於いては専門性が増して、学習内容が難しくなり場合によっては飛び級や留年をする。
つまり、学費を払って学習に励む層と住み込みで賃金をもらいつつ商売を行う層が居る。その上、学習の期間にも、人や環境によって個人差が有るのだ。
だから、平等に手当てができない為に補償をしなかったのかもしれない。
「それで、これからどうする?」
魔女は夫を見遣る。
「『如何』とは」
悪魔は、淡白に妻を見返した。
「だって、わたしたちは『相性結婚』で一緒になって結婚して、それから色々あったけど子供を育てたわけでしょ」
そう答え、魔女は自身の右腕を少し持ち上げ視線を向ける。
「制度の制約通りに二人以上、子供もできちゃったし」
実際は4人なので、随分な成果である。
持ち上げた魔女の腕には、未だに輝きを失わない結婚腕輪が嵌っていた。夫である悪魔とだけ揃いのデザインで対になっている、とても大切で特別な、縁を繋ぐ腕輪だ。
室内灯を反射しきらきらと輝くそれを見つめ、
「つまり。わたしときみの、『相性結婚』の制度関連の関係性は……終わったんだよね」
ほう、と溜息を吐く。
「……そう、ですねぇ」
目を細めて悪魔は同意を示した。
もう、出逢って結婚してからの生活の方が、長い。
「あ、別に『お別れしよう』って言ってるわけじゃないよ」
はっと気付いた顔をし、夫を振り返る。
「然様で」
目が合うと、にこ、と彼は微笑んで見せた。
「ただ」
それを見つめ、
「きみはどうなのかなぁって」
徐に、彼の両腕を取る。
魔女自身とは全く違う、関節や筋の張った、硬い手だ。そして、その左腕には結婚腕輪が嵌っている。
「まあ。きみがわたしのことが大好きで、制度があっても無くても別れるつもりは毛頭も無くて、それでいて」
そのまま、にぎにぎと、彼の手を彼女は握って
「わたしを拘束する魔術式を咄嗟に組むくらい逃したくないのは、知ってるよ」
彼の手の中で編まれていた魔術式を魔力で解かす。
「……チッ」
少し表情を歪め、彼は舌打ちをした。
「本当に。きみは変わらないね」
口角を下げ、魔女は零す。
「貴女も、でしょう」
そう悪魔は溜息混じりに彼女に視線を遣った。
「新しくやりたい事とかないの?」
魔女は首を傾げる。
「今のところは、とでも云っておきましょうか」
対して、悪魔は普段通りに冷淡に言葉を返した。
相変わらず、彼は魔術の研究や魔術や占術に使用する道具の開発は余念なく行なっている。だがそれは普段通りの事だ。
ただ新しく興味があるものが、今のところは無いらしい。
「ふーん」
かくいう魔女は、最近は薬品開発の他にも肌触りの良い衣類や小物の開発を行い、自身でプロデュースした物のブランドを友人Aや友人Bなどと立ち上げている。
だが、きっと何か目的を見つければ、彼は再び色々と動くのだろう。
欲しいもの、目標、手放したく無いもの。
……最後のそれは自分か、と魔女は少し頬を染めて思い直す。
友人Bが社長で友人Aと魔女でデザインその他色々をしている感じ。
仕入れ担当友人B
デザイン担当友人A
肌触り担当魔女




