長女の話。
例えば、長女。
彼女は、濃藍色の髪に赤銅色の目を持つ、見た目が悪魔によく似た女の子だった。
だが、中身は魔女に似て天然だった。
「あの子は……そう。ちゃんと魔法を使わなくなるまでが大変だったよね」
思い出して魔女は呟く。
「はい。少々怠惰で、何でも魔法で済まそうとしておりました」
同意して悪魔は頷いた。
母親の魔女と同じく魔力を扱い易い目の色を持つ長女は、父親の悪魔と同様に魔力の回復が異様に早かった。
だから、なんでも魔法で何とかしようとする子だった。
初めての会話は魔力の念話、初めての自力での移動は魔力の浮遊。ものを取るにも魔法を使い、当人は大体、無表情でただそこに居るだけ。
表情は変わらないが、感情は髪の動きで分かるのでそこはあまり問題ではなかった。
問題は、魔法で全てを済まそうとする事だった。
魔術は魔力を理性や理論、魔術式で安全に魔力行使をできるようにしたもの。
そして、魔法は魔術式を介さずに行う、意味を持った魔力行使。
簡単に言えば、魔法とは魔獣や精霊、妖精が扱う魔力行使の事だ。
基本的に人間が使う力は魔術で、感情のままの行使は暴走または暴発と呼ぶ。そして、初等部に入る前の詠唱を介さない魔力行使も、魔法と呼ばれる。
魔法は、普通はそこまで容易く使えるものではない。
やはり、妖精の魂を持つ魔女の子だからだろうか。
それはともかく、『面倒だから』との理由で何でも魔力や魔法で済ませたがる長女は、他の兄弟と比べて身体が弱い。
それを良しとしなかった悪魔が、魔力行使を止める簡易的な腕輪を作り、歩行器を使って歩かせたり、言葉を物理的に発せるよう訓練したりして、ようやく人間らしくなった。
それから、魔術の事を沢山教えてくれるから、と魔女よりも悪魔の方に懐き、家中の魔術に関する書物を読み耽っては練習したり、新たな魔術式を考えてみたり、と魔術漬けの生活を送るようになっていた。
見目は非常に麗しく、涼やかで深窓の令嬢の如き佇まい。故に、非常にモテていた。
だが、家族を除く人間に興味が無いらしく、告白のそれ全てを無視し、人間関係や友人関係に無関心で常に一人だった。
ついでに、魔術アカデミー1年生時に、芝生を地面ごと抉り焦がしてしまい、それをものの数秒で元に戻した……というエピソードもある。
魔術アカデミーの方から両親へ苦情の連絡が有り発覚した問題だ。それを『高い火力も良いが、それを如何に調整するかが大事だ』と悪魔が諭し、以降はそう言った話は無くなる。
そして、今は『もっと沢山の魔術の勉強ができるから』という理由で、魔術師協会に入った。
理由は、『宮廷魔術師になるな』と父親が言うし、魔術の研究以外に時間を割くつもりも無かったからだ。
時計塔や天文台には無い機材も、実家に帰れば有る。だから、宮廷魔術師にならなくても、質の高い研究ができた。
それともう一つ、最近は騎乗するタイプの魔鳥を飼っているらしく、それに乗って旅をするつもりなのだそう。
「すっごく立派になったよね。あ、地位とか身分の話じゃなくてさ」
しみじみと、魔女は言葉を溢す。
「そうですね。一人……魔鳥も居りますが。まあ、殆ど単身で外を出歩こうとなるまでに活動的に成った事は十分な成長なのでは」
同意し、悪魔も少し目を細めた。
「うん。でもその理由が『研究の材料を集めたい』ってやつだから、やっぱりブレないよね」
「……怪我をしなければ、特に言う事は有りませぬ」




