それからの話。
「いってらっしゃーい」
そう、魔女は制服を着た三男の背中を手を振って見送った。
とうとう四番目に生んだ子が、魔術アカデミーに入学する年齢になる。
長男、長女、次女、次男は全員が既に成人しており、それぞれが地方軍部や魔術師協会、呪猫、王都軍部に旅立っていた。
そして未だ成人していないものの、三男は研究したいことがあるからと、一年時から卒業するまで寮で生活をするのだと決めている。
だから、また伴侶と二人きりの生活に戻るのだ。
結婚してからすぐに子供ができて、それから三男が魔術アカデミーに入学できる歳になるまでの数十年。
長いようで短かったと、魔女は感慨深気にほう、と溜息を吐いた。
×
居間に戻ると、普段通りに夫がソファに腰掛け読書をしている。
いつ見ても、今までに見た男性の中で最も背が高く顔の美しい人だと魔女は思った。昔から、全く変わらない。
「(……でもまあ。『黙っていれば』ってやつだけど)」
彼は口を開けば、丁寧であるがかなり苛烈な言葉を吐くし、そうでないなら随分と恐ろしい呪詛を溢すことが多い。或いは心地よい言葉も吐くが、それはとんでもない落とし穴があったり、虚言だったりする。
ソファの空いている空間に腰掛けながら、それを知っておきながらここまで一緒にいる自分も大概かな、と魔女は少し思った。
そして、なんとなく周囲を見回す。
居間はそうでもないが、他の部屋……例えば台所や倉庫、魔女の実験室等は屋敷に来たばかりの時よりそれなりに持ち物が増えた。
そこはかとなく、生活感がある。それを感じて満足気に小さく息を吐いた。
「とりあえず、よかったね」
話題が見つからなくて、魔女はとりあえず思った事を零す。
「みんなが宮廷魔術師にならなくて」
ちら、と夫の方を見れば、彼は穏やかに微笑んでいた。本を置き、魔女の話を聞こうとしている様子だ。
「えぇ、そうですね」
そして頷き、魔女の昔から全く変わらない、瑞々しく柔らかい頬に触れた。
「きみが口を酸っぱくして『絶対になるな』って言ってたおかげだね」
なんでも卒なくこなす長男は生兎方面の軍部へ行き、魔術適性がやけに高い長女は時計塔や天文台のある魔術師協会の方へ。
霊を五体も従えた次女は『もっと勉強したい』と呪猫の方へ、養子だった次男はかなり早い段階で軍部育成機関へ行った。
成人していない三男は魔術よりも錬金術の方へ興味を向けているので、今のところは大丈夫な筈だ。
「……そう、でしょうかね」
目を伏せ、彼は柳眉をひそめる。
実際は、季節の節目毎に宮廷へ赴き夜遅くに帰って来る姿、春頃に帰ってくるなり魔女にどこかへ連れて行かれる様等を見て『大変そうだなぁ』と思われた事も要因だと思われる。
因みに春来の儀の後に彼が魔女に連れて行かれる場所は、魔女の実験室だ。作られた当初から色々と物や設備が増えており、簡易的な手術も行える。
そこで鎮静剤を入れたり体内の薬抜きを行なっていた。殆ど彼には効果が無いとは言え、有害なので代謝を促したり吐き出させたり等をする必要があるからだ。
「そう、だと思う」
たぶん、と小さく自信なさ気に口を尖らせた魔女に、彼は目を細めた。
「まあ、きっかけは何にせよ。……本当に、ならなくて良かった」
そう溢す夫に、「(本当に宮廷って大変なんだな)」と、魔女はとりあえず頷く。




