研修が終わる話。
それから、魔女は恐るべき速度で研修を終わらせた。理論上でしか有り得なかった3年という最速だ。
運良く、色々をタイミング良く引き当てた結果である。
また、悪意を以って引き伸ばそうとした者もいたようだが、魔女に起こったとある理由によってそれが出来ずじまいとなった。
「よし、帰ろう」
確かに薬猿での研修も勉強も楽しかったし、いつのまにか薬猿の当主らしい人物とも薬学の話で盛り上がり、「先に教えてくれたら、いつでも来ていいよ」と言われた。
にこにこ円満でのお別れである。
ついでに言うと、薬猿当主は学生時代の修学旅行で会った偉そうな人じゃなかった。優しそうな、それでいて気が強そうな女性だった。
それと、魔女が王都へ帰る準備をしていたところで、友人の男が魔女の元へ現れた。
「……甥っ子を、預かってもらえないだろうか」
そして、そんな頼まれごとをされる。
「え、なんで?」
心底不思議そうに、魔女は問うた。それなりに誠実で常識的な友人の男がするには、珍しいタイプの頼みだ。
「……暫く、家に戻れそうになくてね」
少し気落ちした声色で、友人の男は答える。
「ふぅん?」
甥っ子の話は色々と聞いていたので、実家で育児放棄されていること、子供にしてはやけにしっかりした子であることは知っていた。
「元々、あまり家に戻れなかったのだが。今度は、一年の間に何度戻れるかも分からない」
友人の男は、辺鄙な田舎や過疎地によく赴く流浪の医者をしている。この数年は医療技術向上のために薬猿に留まっていたが、そろそろ旅に出るらしい。
「なるほど」
友人の男が赴く場所は、基本的に交通の便がよろしくない。だから、もしものことがあった時に手遅れにならないよう、見てほしいのだという。
「手伝いの者も付けてはいたが、一人でそれなりに出来る子だから、迷惑はあまりかけないと思う」
友人の男は申し訳なさそうに言った。
「ふーん。いくつくらいだっけ」
しっかりした子なのはわかったが、年齢を聞いていない。
「まだ、ほんの4、5歳なんだ」
可愛い子なんだ、と少し表情を柔らかくした。
「4、5歳?!」
そのくらいの歳、というと次女と同い年くらいだろうか。
「君は、研修が終わったら王都内に戻るんだろう」
真剣な顔をし、友人の男は問う。
「そうだね」
魔女が頷くのを確認し、
「必要なものはこちらでできうる限りは用意する。だから、あの子に居場所を与えてやってくれないか」
真っ直ぐに、見つめた。
「居場所……」
なんとなく、夫と境遇が似ている気がして、放っておけなかった。だから。
「ん。分かった」
魔女は、友人の男の甥を預かることを決めた。
×
「……ということで。もう一人、家族が増えたよー」
そう、屋敷の玄関に立つ魔女は、後ろに立つ男の子を、出迎えてくれた子供達に紹介する。興味津々に見る子供達に対して、男の子は丁寧に会釈した。
男の子は少し気まずそうであるが、無表情で、銀灰色の髪と水縹色の目も相まって、まるで置き物のようだ。
「そろそろ、屋敷の内へ入っては如何ですか」
魔女の旅行の荷物や土産類を持ち、悪魔は魔女に声をかける。
「貴女は身重なのですから、体が冷えてしまってはいけません」
「ん、そうだった」
大きなお腹を摩り、魔女は、はにかむ。
薬術に長く引き留められなかったとある理由である。




