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薬術の魔女の結婚事情  作者: 月乃宮 夜見
魔女と悪魔の結婚生活

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逢瀬の話。


「来ちゃったならしょうがないよね」


 と、魔女は彼を部屋へ上げる。上背のある悪魔にとってぎりぎり入れる高さの部屋だ。一般的な大きさであるので特別狭いわけではない。


「良いですか。私は貴女に逢いに来たのですからね」


「わざわざ強調しなくてもいいじゃん」


 「てか狭いよ、ここ」言いながら魔女はダイニングの方へ向かい、冷蔵庫を開けた。そこから薬草水の入ったボトルを取り出し、用意していたグラス二つに注ぎ始める。


 魔女のいう通り、ここは衣装棚と机とベッドしかない、かなり殺風景な部屋だ。部屋の大きさは一般人の一人暮らしを想定している様で、狭い。

 注ぎ終えた二つのグラスを持って魔女は悪魔に近付く。


「……それに。壁、薄いからさ。おしゃべりしたらうるさいって言われちゃうよ」


 魔女は、耳元まで赤くなっている。

 それを認識した時、悪魔は目を細めた。逢いたいと思っていたのは自分だけではなかったのだと。


「……では。私の借りている部屋に行きましょう?」


 耳元で囁いた。魔女はびく、と小さく跳ねる。


「そこ、大丈夫なの?」


ちら、とこちらを見上げる彼女の顔は、わずかに期待の感情が滲んでいた。


「良い部屋を取って居ります。防音も十分かと」


「……ふぅん」


そうして、薬草水を飲んで二人は外に出る。


 外だから、手は繋がなかった。それはいつものことだけど、それを魔女は少し寂しく感じた。悪魔が仕事をやりやすくするために、魔女と悪魔はあえて仲の悪いフリをしている。簡単に言えば、外での恋人らしい行為の禁止、であった。

 魔女だって別に外でキスをしたいとかは考えていなかったが、手を繋ぐぐらいはしたかったかも、とちらりと思うのだ。


 「(久しぶりに会ったのにな)」と内心で溜息を吐いていたその時。するりと彼の手が魔女の手に絡む。彼女の指と指の合間に悪魔の指が滑り込み、きゅ、と握り込んだ。これは恋人繋ぎだ。


「え、なに」


「認識阻害の魔術式を掛けて居ります。余程不躾な者以外は気付きませぬ」


「……うん」


低く囁かれた声に頬が熱くなる。彼も手を繋ぎたいと思ってくれていたのだ。


「(……手、おっきい)」


 手の大きさの違いにどきどきしてしまう。自分と全く違う、大きくてゴツゴツした手。する、と親指で手の甲を撫でられる。それに慈しみのような粘着質のような感情を感じた。


 宿に入る前に、手はあっさりと解かれてしまった。それを魔女は残念に思う。


 無言で宿に入り、そのまま中を移動する。本来の夫婦や家族ならばなにかしらの会話を行うだろうに、魔女と悪魔は一言も会話は交わさなかった。


「此処です」


 短く告げ、悪魔が足を止める。彼の借りた部屋だ。期待感に、鼓動が速くなった。


 彼が鍵を取り出し、ドアにかざす。

 ピ、と無機質な音がしてロックが解除された。ドアを開け、彼が中に入る。


 魔女も続けて入ろうとした途端、「わっ?!」腕を掴まれ引き摺り込まれた。


 バタン、と乱暴にドアの閉まる音が聞こえた時には抱きしめられていた。


「ずっと、貴女に触れたかった」

「……わたしも」


 口付けをし、悪魔は囁く。それに魔女は頬を染めて同意した。


「嘘でしょう。貴女は薬に夢中だった」

「……夜とか、部屋に帰った時は寂しかったよ」


 誰もいない、暗い一人の部屋に戻るのが苦手だ。同棲生活を始めてからは彼や子供達、式神やらごーちゃんが居て、帰る家はいつも暖かかった。


「きみと、子供達のことばかり考えてた」

「ほら。其れは慈愛の様なものでしょう」


 それだと彼は少し不満らしい。きみのこと考えてるのに、と魔女は少し頬を膨らませる。


「私の様に、触れ合いを致したい方ではない」

「……ちょっとだけ。きみと触れたいって思ってたもん」

「そうですか」


 昔の様にたっぷり触れ合って、愛情を確かめ合いたかったのだと彼は主張した。その気持ちは、魔女も抱かなかった訳じゃない。


「私は、貴女が居らぬと駄目です。早う帰って来て下さいまし」


珍しく、悪魔は弱音を吐いた。それは今みたいな触れ合いの話だけでなく、日常生活にも問題が出ていると言う。


「子供達いるから大丈夫でしょ」

「多少は。ですが、貴女の匂いが薄くて物足りない」


低く呟き、悪魔は彼女の首元に顔を埋めた。


「んわ、もう。におい嗅がないでよ」


風呂には入っているのだが、されるとぞわぞわする。


「今の内に堪能したくて」

「このままじゃ顔見て話せないじゃん。ほら、会えなかった分、おしゃべりしよ?」


そうして、二人はたくさん話し合ったのだ。


×


 翌朝。


「……というかさ。きみ、出張じゃなかったっけ」


 用意された朝食をもぐもぐと口に頬張り、魔女は夫に問いかける。


「出張ですか。昨日終わりましたが」


口内のものを飲み込んでから、悪魔はそう、さらりと答えた。


「ん、終わったの?」


「はい。日帰りですので」


 魔女が漏らした疑問の声に、悪魔は頷く。


「え、じゃあなんでここに残ってるの? それと、ちょっと忘れてたけど子供達は?」


パンに手を付けながらも心底不思議そうに、彼女は問うた。


「本日、私は休日で御座います。(そして)、子等は貴女のお祖母様の元へ預けております」


 だが、それに対して悪魔は詰まることなく答え、炊いた雑穀に口を付ける。


「ふーん、そっか」


 頷きながら、『おばあちゃん』が大喜びで預かったであろう事は容易に想像できた。


「で、きみはなんでここにいるの」


 スープに口を付け、何気なく逸らされかけた話題に戻す。


「此の場所での我が妻足る貴女の観察……(もとい)見守りを致そうかと」


深皿を置き、す、と視線を横に逸らしつつ彼は返答した。


「嘘が隠し切れてない。やるんならきみはわたしに気付かれずにやり遂げるでしょ。はい本音は」

「……」


 視線を逸らしたままの彼を、じ、と魔女は見つめる。


「…………貴女に、逢う為に残ったのですよ。途中で止めようかと思いましたが」


 少し間があった後、小さく息を吐いて悪魔は答えた。


「なんで」


途中で止めようと思ったの、と言外に含ませ理由を促す。


「貴女の心底楽し気な様子を見、私の存在が妨げになるかと思いまして」


「んー、否定はしないわけでもない」


おかずを口に運び、魔女は頷いた。


「……曖昧ですね」


無論、『そんなことない』などという返答は期待していなかったが。小鉢を置いて、湯呑みを手に取る。


「じゃあ、きみのお泊まりの場所は?」


出張でないのなら、宿泊の場所は用意されていないはずだと思考した。


「自費です」

「へぇ」


水の入った器を置いて、まあそうだよね、と魔女は軽く頷く。


×


「近くを、失礼するよ」


 それからすぐ、聞き慣れた友人の男の声がした。

 実は、魔女と悪魔は外で朝食を取っている。そこは、魔女が現在間借りしている場所にほど近く、かつそれなりに美味しい朝食の宿泊施設の食堂だ。夫が宿泊している場所でもあった。


 その声は、魔女は施設で会うので聞き馴染みがあり、()()()()()()()()()()()()()()()()聞き慣れている。


「あ。この人、わたしの新しいともだち。で、あの人は、わたしの伴侶」


 友人の男と悪魔をそれぞれ指し示すも、雑な紹介だ。


「どうも。噂は予々(かねがね)


 気にせず、友人の男は悪魔を見て会釈をした。

 『噂』とは、『相性結婚の失敗作』の呼び名や二人があまり仲が宜しくない()()()噂のことだ。


「……どうも、我が伴侶と懇意にしているようで。何かと至らぬでしょうが、どうぞ宜しくお願い致します」


他人行儀の笑みを作り、悪魔も軽く会釈する。


「……」


 それから魔女と悪魔の2人が、食事を再開する。だが悪魔はふと、食事に手を伸ばすタイミングが揃っていた事に気付く。要するに、ミラーリングと言われる()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()行為を無意識のうちにしていた。

 先ほどから、主食、主菜、副菜、飲み物……と、口に付けるものの間隔がほぼ同じだったのだ。


 仲が悪いと思わせるように色々と行動をしていたそれらが無駄になる。

 だから、それを、不自然にならないようさり気なくずらし、悪魔は少し安堵する。


 それも束の間、飲み物を口に運ぶタイミングが被ってしまった。


「……」


魔女が器を下げるまで、悪魔はしばらく湯呑みに口を付ける。

 こうも些細な仕草で、仲が悪いと思わせたいそれが崩れるのか、と気付かされた。


×


「意外と、仲が良いのですか」


 魔女が食器を下げに居なくなったタイミングで、友人の男が悪魔に言葉を投げかけた。やはり、見る者は見るし、気付く者は気付くらしい。


「……其の様に、思われますか」


 悪魔は曖昧に微笑む。仲が宜しくないように見せたいが、嘘を言うつもりもないからだ。


「……いや、気にしないで下さい。ともかく良かった。友人とその伴侶の間柄を知られて」


何か事情があるのかと察したらしく、友人の男はすぐさま話を切り上げた。


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