本当の目的のお話。
「なんで、ここに居るの」
と振り返った魔女が、嫌そうに顔をしかめる。
それを見て、悪魔は『来てほしくなかった』のだと、一瞬思った。そのことが、酷く心の臓を穿つ程の痛みを与える。だが、至極冷静に、魔女の性格をよく思い出した。
「(……此れは、唯の疑問か)」
よく見れば、嫌そうに顔をしかめたわけで無く、状況を理解しようとして眉を寄せている様子だ。
「出張ですが」
極めて冷徹に、冷ややかで無感情な声を敢えて出した。何故なら、此処は外だからだ。おまけに、この場所は薬猿。妻が相手でも、決して気を緩めるわけには行かない。
「出張?」
丸い目がぱちりと、刹那、瞬く。
「はい。『薬猿の施設を視察せよ』と」
「へぇー」
驚いた様子で軽く目を見張る彼女は、悪魔の言葉を心の底から信じている。それを、内心で何とも愚直な事かと微笑ましく思う。
だが、嘘は言っていない。彼が薬猿に現れたそれは、確かに仕事だった。だがそれは宮廷魔術師ではなく、監視員の。
実際、悪魔が上司から指示された内容は『薬猿の施設を視察せよ』と『魔女の様子を直接確認し、異常の有無の確認をせよ』である。
夫の悪魔以外の監視員は普段の魔女の様子を知らないので、夫である悪魔が直接、今の魔女が変わっていないかをその目で確認しろ、ということらしい。
「わたしに会いに来たんじゃなくて?」
ちら、と魔女が伺うように目線だけで見上げた。本人に自覚は無い様子だが、仕事で来たそれが気に入らなかったらしい。
「上司命令で、御座います」
にこ、と悪魔は微笑んだ。序でに、『自分の意志では来ていない』と主張するかのように告げれば、む、と魔女は軽く口を尖らせる。
「ふーん」
そのまま、ストローで薬草水を吸う様子が、可愛らしいと悪魔は目を細めた。
×
そしてその夜、悪魔は自分の意志で魔女の元に現れた。
夕方、訪問者を告げるチャイムが鳴り魔女がドアを開けると
「んー、どちらさ……」
言いかけ見上げて、固まった。悪魔が、そこに居たからだ。
「今晩は。夜分遅くに失礼致しま」
挨拶を言い切る前に、魔女はドアを全力で閉めようとする。
「…………な、何故閉める、小娘……っ!」
さっと隙間に手を滑り込ませ、ドアをこじ開けながら彼は締め出そうとする魔女に問うた。
「わっ、わーっ!! なんでいるのー?!」
どうやっても埋まらない力の差が歴然で、ゆっくり開いていくドアに諦めず、魔女はドアを必死に抑える。だが抵抗虚しく、最終的にドアは悪魔が入れるくらいに拡げられたのだった。
「な、なんでこっちにまでくるの?!」
玄関を開けて驚く魔女に、少し、悪戯心が刺激される。ちなみに、ドアは悪魔の足で開けた状態に保たれたままだ。
「何ですか。……何か、私に隠したいものでもあるのですか」
目を伏せ口元に手を遣り、ちら、と伺うように魔女を見下ろした。
「えっ……な、ないけど」
「……然様ですか」
すっと、一瞬、下に逸らされる視線に、悪魔は寂しげな表情を作ったまま内心で溜息を吐く。なぜ、こうも分かりやすい反応をするのだろうか。
「では、上がっても宜しいので?」
問えば案の定、魔女は戸惑いの表情を見せる。
「なんというか、職権濫用みたいなやつだよねそれ」
「職権、ですか」
顔を少々歪めつつ魔女が言い、それをおうむ返しするように悪魔は問いかけた。
「『夫』という関係性を盾にしてわたしに干渉してくる感じ」
素直に、魔女は答える。
「…………矢張り、何か隠したい事でも?」
「無いよ! ここには!」
す、と目を細めて更に詰問すれば、魔女が失言をした。
「ほう。成らば、他の場所に何かが?」
「あっ」
ばっと口を抑える魔女に、堪え切れず悪魔は小さく笑う。
「くく……冗談で御座います。特に、此度は貴女に逢いに来ただけで御座います故」
「なんかそれ、今回以外はそうじゃないって感じー」




