遭遇する話。
とある日、魔女がいつものように施設内を歩いていると、見覚えのある巨躯が視界の端に移った。
「っ!?」
思わず、びょっと体が跳ねる。そして、咄嗟に物陰にその身を隠す。
そろっと、もう一度物陰から見る。あの高身長と気配、魔力の感覚……やはり、夫だ。
見間違いではない。間違いなく、悪魔が居た。
久々に見たその姿に、というか思わぬところで思いもしなかった人物を見たためか酷く心臓が脈打った。
「(びっっっくり、した……)」
とくとくと脈打つ胸を押さえて、物陰で小さく溜息を吐く。
彼は、なんとなく上質そうな白い衣服をきちんと身に纏っており、施設内でそれなりに身分が上らしい人と居た。
×
施設内にある休憩スペースで椅子に座り、自作の薬草水にストローを刺して飲んでいた。我ながら良い出来だと満足しながら、何故か周囲に人が居ないので行儀悪くも、ぢゅー、と吸い上げる。
そして
「なんで、ここに居るの」
覚えのある気配が近付いてきたので声を掛けた。
「出張ですが」
すぐ後ろに、彼が姿を現す。途端に、ぶわり、と彼の香が広がる。相変わらず、甘く芳しい、良い香のような匂いだ。
だが、久しぶりに聴いた彼の声はどうも冷ややかで硬い。
「出張?」
「はい。『薬猿の施設を視察せよ』と」
「へぇー」
宮廷魔術師にも、出張とかあるんだなぁ、となんとなく思った。思いながら魔女が見上げると、然り、と悪魔は深く頷く。なんだか、その仕草が他人行儀だと魔女は感じた。
「わたしに会いに来たんじゃなくて?」
ちら、と彼の顔の方へ視線を向けてみる。外套を深く被っており、口元くらいしか見えない。
「上司命令で、御座います」
にこ、と悪魔の口元は笑みの形をする。おまけに、『自分の意志では来ていない』と主張するかのように少し強調したように感じた。
「ふーん」
口を尖らせ、魔女はストローで薬草水を吸った。
「じゃあ、なんでここにきたの」
口を尖らせたまま、再び彼を見上げる。
「自由時間ですので」
いつもの、しれっとした顔で悪魔は言い放った。
「お仕事は」
「『一人で施設内を見て回りたい』と願い出ましたので、私が一人で何処に居ようとも、自由で御座いましょう?」
問いかければ、彼は口元に手を遣った。きっと、目を細めて少し上機嫌に笑っているのだろう。
「えー。じゃあ、他のとことか行きなよ」
休憩スペースは自由時間で長居して良い場所なのだろうか、と思い提案してみた。
「何です。久々に逢えたと言うのに」
「や、だって……」
まともなことを言ったつもりだったのに、なぜか拗ねられてしまった。どう答えればよかったのだろうかと、内心で少し途方に暮れる。
「別に、逢わないと決めていた訳でも無いでしょう」
「そうだけど」
「其れとも何か。既に私以外に目移りして私に会う事が後ろめたかったと?」
「そんな事言ってないよ」
ずい、と迫る彼に、魔女は少々仰け反りながら答えた。
「成らば、会えて宜しいではないですか」
「むーん」
それはそうなのだが。
先程から、彼の主張が色々と矛盾している事に気付いているのだろうか。
「……矢張り、私が居ない方が宜しいか」
魔女の微妙な顔をどう思ったのか、声を低くして彼は呟く。
「なんで、そんなこと言うの」
聞くと「私と居る時依りも自由でしょう」とか返してきた。
——めんどくさ。
思ったが、口には出さないでおいた。
一緒に居ても良いと思ったから結婚したのに、未だに信じてくれていないらしい。……やはり、突然の研修への出立を引き摺っているのだろうか。
そういえば、この人ってこんな感じの人だったなぁ、と魔女は思った。




