その頃の魔女の話。
魔女が研修に向かった薬猿は、やはりたくさんの薬に関する情報や製作する場所などがある。
珍しい薬草や樹木、様々な論文や資料など。
そういうものに囲まれて、魔女はほんの少しだけ、浮ついていた。
「(……まだ、ここに来てから少ししか経ってないけど)」
資料室の鍵の開け方や特別な部屋への入り方、資料の内容等、ほとんど覚えてしまった。
この場所では、すでに知っている事もいくつかあるが、新しいこともたくさんある。
「えへへ、たーのしー」
小さく、魔女は笑った。
新しい知識を入れること、それを試す場があることが、とても良い。
無論、この場所は自宅ではないので、普段のように伸び伸びと自由勝手気ままにアレコレと研究や実験を行う事はできない。
ゆえに、借りてきた猫のように大人しくしていた。
×
「(あの人、元気にしてるかなぁ)」
夜、与えられた自室のベッドで、ころ、と寝っ転がる。
「(……あの人、わたしの事がすごく大好きだもんね)」
だから、自分が居なくなったことで落ち込んでないか、仕事や子供のことばっかりかまけて体調を崩していないか、ちょっと気になってしまった。
「(自分で言うのも、なんだけど)」
自分で言っておきながら少し恥ずかしくなり、魔女は熱くなった頬を押さえる。
でも、今は研修がそれなりに楽しいので、彼に頼まれても研修を止めて帰る気は無い。
だが、さっさと研修を終わらせて早く帰ろう、とは思っている。
「(やっぱり。のびのび自由にできないのは、ちょっと苦しいし)」
と、ちょっと言い訳してみる。
子供達にも会いたいし、ぎゅっとしたい。
それと、彼の手料理も食べたくなるし、彼の匂いや存在感が無いのも、少し物足りない気がした。
手元に引き寄せた資料を読みながら、最近思っている違和感を思考に表出する。
「(……そう、壁がないんだよね)」
ペラ、とファイリングされている用紙の塊を一枚づつ、丁寧にめくった。
随分と上背のある夫のことを、魔女は壁みたく思っている。
「(背が高いから立って横に並べば顔は見えないし、)」
心理的、視界的な感覚でも、夫には随分な存在感があった。
「(筋密度高いし、魔力量も多いし)」
その上、魔力的にも、物理的にも色々と詰まっていて密度が高く、頑丈である。
だから魔女にとっては、なんだか『壁』という表現が夫にぴったりだと思っていた。
彼は滅多に弱音を吐かない人だから、どうせ向こうからは会いに来ないだろうなと思っている。
会いに来るならば、仕事の命令のついで、だろうか。
「(会いたいなら、来ればいいのに)」
そう、内心で呟く。
はっと、我に返った。
「(さっきから、あの人の事ばっかり思い出してた)」
なんだか恥ずかしくなり、
「(……寝よ)」
毛布の中に潜り込んだ。




