子を拾う話。
妻である魔女が薬猿へ研修に行っても、監視役の悪魔は表面上ただの宮廷魔術師をしているので、意味なく同行はできない。
ゆえに、魔女の様子は式神を使ったり、現地に居る監視員に任せたりして、監視を行う。
いつか、魔女が軍医として身分が高くなるのならば一層のこと、補助の役に監視員を置く方が手間が少なそうだ、とも冷静に思考する。
本音を言えば、魔女の監視員は未来永劫自分一人で良いと言いたいし、はっきり言ってそれはほとんど可能だ。世間体や理由付けが面倒だから、そうできないだけで。
今日も魔女は心底まじめに、なおかつ楽しそうに研修を受けているようだった。楽しそうな声は聞こえても、楽しそうな姿が見られない。
以前、魔女が学生時代に修学旅行で王都外へ行った時と違い、音声を届けるだけなら各家の当主にすら気付かれ難い程度の式神を作れるようになった。だから、実際は音声が聞こえるだけでも上々なはずだ。
だが、こうも長い合間近くに居た身としては物足りない。
次は姿も見られるものを、と式神の改良を思考しながら、悪魔は監視員としての仕事を行なっていた。
×
ある日。
それは風が強く、満月の綺麗な夜の事だ。
悪魔は、子を拾った。
裏路地で珍しく月の光が差し込んでいるものだと、感心したその次の瞬間。
随分と小さな子供がそこに現れていたのだ。
親無しの子供が現れる、神隠しの逆のような神現しの瞬間など初めて遭遇した。
その子供は泣かず、夜のような布に包まってすやすやと寝息を立てて居る。
「……」
以前ならば、『私には関係が無い』と言って無視しただろうに。あろう事か、その得体の知れない子を拾い上げてしまった。
「…………はぁ」
——らしくない。思いつつ溜息を吐く。
「(屹度、此れは子が生まれた所為だ)」
だから、幼子を放置できなくなった。
だが、拾った子をどうするというのか。親が居ないならば孤児院にでも預けようか。
そう考えた時、拾い子が薄らと目を開けた。
「……是は」
輝くような目。
満月の様に光を放っているかと勘違いしてしまう、何とも魔力の強い目だった。
文献にあった通りならば。
「邪眼……か?」
そっと目元に触れようとして、直ぐさまその手を引っ込めた。何故なら、拾い子の視線に入った直後、手から魔力が消失したからだ。
やはり、間違う事無く何かしらの能力を持つ目らしい。
そして、悪魔は即座に思考する。
このような珍しく、かつ見せ物として映える目の子供など、どこに置けばどのような目に遭うだろうかと。
兎角、珍しい目である。特殊な趣味の貴族に渡せば売れるだろうが、子供が成人になれるとは到底思えない。
孤児院に置いても、どうせ珍しいもの好きの貴族に渡される。
一般の家庭はどうだ。
そう考え、まともな魔眼や邪眼の知識の無い家庭で育てるなど、まず無理だと切り捨てる。
ならば、魔術師の家系か。
しかし、このように魔力を消す目など、悪用されない保証は無く、やがて監視員が面倒を見る羽目になりそうだ。
「……成らば、一層の事」
呟き、彼は拾い子を抱えたまま、とある場所へと向かった。




