心配の話。
「ね、そういえばだけどさ」
送風の魔導機が起こす風を浴びながら、魔女はふと、彼を見る。
「こっちにも、不可侵領域の森あったよね」
南部の不可侵領域の森と違い、不思議な植物より鉱物の方がよく採れると聞いた。
「そうですね。北の方に、死犬を囲う様に有ります」
「ね、近くまで行ってもいい?」
「……まあ、宜しいが。私は入れませんからね」
×
それから、すぐに北部の不可侵領域の森に到着する。魔術式で近くまで移動したので手間ではなかった。
「やっぱり、来た」
そう、唐突に背後から声を掛けられる。
「っ!」
途端に悪魔は、目の奥の『穢れ』が、熱くなった。咄嗟に目を押さえ、痛みに奥歯を噛み締める。
「あれ?! 大丈夫?」
異常に気付いたのか、魔女は慌てて悪魔を覗き込んだ。
「……あら。近付くだけでも結構ダメみたい?」
低い声がした。その誰かが現れた瞬間に、悪魔の中にあった『穢れ』が熱を持って蠢き出したのだ。
「大丈夫。助けてあげるから」
そう優しく言い、近付いた。
「少し、文言を修正してくれたお礼」
そして、声の主は悪魔に触れる。
「そんなに、怖がらなくてもいいよ」
警戒で身体を強張らせた彼に、声は告げた。
「あなたたちの味方、のつもりだし」
手が離れた直後、悪魔の中にあった『穢れ』が消えていた。魔力だけを残して、熱さと濁った何かが、綺麗さっぱりと、跡形も無く。
それから、声の主は魔女の方を向いた。
「あと、『生命の息吹』。あなたに……というよりは、その腹の子に、祝福をあげる」
言われて、魔女はびしりと硬直する。
「……えっと、なんで?」
問いつつ、そっと見た。なんで、居ると分かったのだろう。
「遅れたけど……結婚の、お祝い」
と言い、魔女を見つめ返した。
「……貴方は」
落ち着いたようで、悪魔はその声の方を見た。
「この子の、『おばあちゃん』の友達」
声の主は、魔女と同じくらいの身長の、浅黒い肌に黒い髪、銀の目を持つ中性的な人物だった。
「気軽に『黒い人』とでも呼ぶといいよ」
そう、にこりともせずに告げた。
「『おばあちゃん』から話は聞いてた」
『黒い人』は切り出す。
「だから、あなたたちをこちら側に迎え入れたの」
つまり、その気があればここに近付くことすら不可能状態にもできた、と言いたいのだろうか。
「そして一応、『命の息吹』の旦那さん。あなたの中にあった『穢れ』は取ってあげた。まあ、元は一部が勝手に動いてしまったものだから、こっちの落ち度でもあるのだれど」
一切も表情を変えずに『黒い人』は言った。
「まあ、またおいで。次は子を産む頃ぐらいにね」
話したいことがたくさん有り過ぎて、まとめる時間が欲しいのだという。
どうやら、表情が変わらないだけで、中身は意外と気さくらしい。
「たっぷり、色々と話しがしたくて」
話したいけど話題が振れなくてごめんね、と表情は変わらず、だが少し申し訳なさそうに言った。
×
それから、呪猫当主から呼び出しがかかり、長男と長女を迎えに行った。
「残念ながら今の子等には、霊を従える才能は無かったようだが」
屋敷の呪猫当主の部屋へと通され、真っ先にそう言われた。
「次は期待できそうだからな」
気長に待つのだと、呪猫当主は笑う。
「其れで。子の身体の話だが」
す、と朗らかな様子から一転、至極真面目な声色になる。長女を抱き抱え、魔女はゴクリと生唾を飲んだ。
「……本当に、是と言った不調が無い。だが、言葉に力が宿っていると理解しているらしい」
中々に聡い子だ、と呪猫当主は言う。
「つまり。不用意に変な言葉を発し面倒を掛けたく無い為に、中々言葉を話さないのでは……という事だ」
喉で魔力が詰まって居るのも、それが原因らしい。
「もう一つ。其の子の色の話だが」
ちら、と悪魔の方に視線を向けた。
「分かるだろう。赤銅色の目……まあ、赤い色の目は、魔力の通りが著しく良い」
確かにそうだったか、と悪魔は思う。
「特に周囲の怨嗟を食らって引き起こされた色ではなく、子が自ら引き寄せた色のようだ。……良かったなァ」
呪いの影響でなくて。
言外の当主の言葉に、面に出さないものの悪魔は安堵した。
自身の力不足の所為では無かったのだと、知ることが出来たからだ。
こうして、第二子の不安などは特に気にすることでも無いと分かった。
そして将来的にも、第二子は周囲の反応など気にせず自身の髪色と目色を気に入ったままで、心根も真っ直ぐに育つことになる。




