乾湿の話。
はぁ、と小さく息を吐き、火照った身体を起こす。そして、卓に置いたままだった冷茶に口を付けた。
「すっかり温くなってしまいましたね」
ごく、と上下する喉仏と汗ばむその喉元を魔女はぼんやりと見つめ、また熱が上がった気がして目を逸らす。
そのまま、ごろ、と板張りの床に寝転がると、髪が張り付いた感触がした。
「んー……きもちわるい」
床の冷たさを味わいながら呟くと、
「水浴びでもしましょうか」
彼はそう提案した。
「ん」
抱き起こしてもらいながら魔女は頷き、そのまま水場へ向かう。
×
「やっぱり涼しいねー」
水浴びを終え、さっぱりした、と、着替えた魔女は伸びをした。
「まあ、気分が回復なさったの成らば宜しいですが」
呟きつつ、悪魔は濡れた魔女の髪を片手に纏めて持つ。
「ん、なに?」
「少々、失礼致します」
そして、髪を少し引っ張りつつ文言を唱えた。
「……『宣告、“除水”。而、範囲指定、【表面】』」
途端に、魔女の髪の根本に魔術陣が発生する。それを悪魔は毛先の方までさっと動かし、水気を取った。
「わ、」
途端に、濡れて塊になっていた髪が元のふわふわな質感を取り戻す。
「さ、此れで髪は乾きましたね」
「すっごーい、はやーい」
魔女が感心しているうちに、悪魔も自身の髪を同じようにして、さっと水分を飛ばした。
「魔術式で乾かすなんて、思いもしなかった」
魔女は目を輝かせ、そう言う。
「風を起こす魔導機とか、拭いて乾かすとか自然乾燥なら分かるけど」
「……自然乾燥?」
「ん?」
柳眉をひそめた彼に、魔女は首をかしげる。
「まさかとは思いますが。今まで、殆どを自然乾燥で済ませていた……とは、仰いませんよね?」
「……」
問いかけると、すーっと、静かに彼女の視線が横に動いた。そうだったらしい、と、静かに悟る。
「……髪の元は血、而魔力に変えられるもの。言わば、身代わりの材料です。もう少し大切になさい」
「え、そんなに怒る?」
心底不思議そうに、魔女は悪魔を見上げた。
「怒りますとも。道理で寝癖が酷いと」
「そ、そんな事ないもん」
指摘されると、唐突に恥ずかしくなる。でも、薬草で作った色々を付けているから大丈夫なはず、と彼女は内心で開き直った。
「薬草液と貴女の魔力で誤魔化しておりますが、相当に傷んでいるのでは」
だが彼はそれも良しとしないらしい。
「うー、わかったよ! これから、ちゃんと乾かせばいいんでしょ!」
頬を染めてむくれる彼女に、彼は静かに肯定の意を表して頷いた。
……実際のところは、術をかけたり持ち主の魔力に還元した際に質が良くなるから薦めているだけである。あと、彼女が朝の支度でまごまごしている様子を見ていたので序での助言であった。
そして毎回ちゃんと乾かすようになってから、魔女の髪は更にツヤツヤになった……というのは、もう少し先の話。




