彼の猫魈と式神と魂のお話。
「ね、きみのお家は4歳になったらおばけと契約するって聞いたけどさ」
縁側に腰かけた魔女は、ふと隣に座る夫を見上げた。庭に面した縁側は庇があり、日陰になっている。そこで、魔女は悪魔が用意した水の張った桶に足を突っ込んで涼んでいた。
「きみが契約するはずだった子ってどうなっちゃったの」
あまりにも暑いと彼女が零すので、冷風を呼ぶ呪いを施した硝子の鈴も吊るしてある。
「……通常は」
飾りが風に吹かれて、澄んだ高い音が鳴った。
「『煙管』や『扇子』、『笛』『懐刀』等に宿らせ、主人の力を高めたり術の補助を行ったりと、要は使い走りをさせるのですが」
「言い方」
「私の場合、『己の身体』に宿って居るのです」
悪魔はそう答え、手に持った冷茶を飲む。
「……詰まる処、私の魂と同化しております」
「ふぅん?」
それは以前、大まかではあるが彼やその兄から聞いていた。
「じゃあ、二つの意識が混ざってる感じなの?」
もう少し、踏み込んだ話題を振ってみる。
呪猫当主の遣いの猫は意志や感情があるように見えた。だから、彼の身体に宿る前の霊にも意志や色々が有ったのではと思ったのだ。
「……ふむ」
にこ、と彼は微笑んだ。
「其の事に関しては『是とも言えるが否』と、答えておきましょうか」
「……どういう事」
彼の曖昧な答え方に、魔女は眉を寄せる。
「呪猫の者が下す霊共には、初めは意志が無いのですよ」
薄く微笑んだまま、彼は言葉を続けた。
「『飼い慣らして行く内に主人の魔力と馴染み、其の刺激を受けて意志や感情を得る』ので御座います」
「ふーん」
「要するに契約するはずだった霊に意志が宿る前に私と混ざったので、二つの意識が混ざっているか等、分からないのです」
「そっかー」
彼自身がそう答えるなら、きっとそうなんだろうな、と魔女は頷いた。
「あとさ。きみは、式神さん使ってるよね?」
人の形だったり、姿が見えなかったりと様々な姿をしているが、彼は霊的な従者を持っているように見える。
呪猫の当主も式神を使っていたし、呪猫当主から聞いた話によると、初めに契約した霊の元にそれよりも弱い霊等を従える事ができ、それらに知性を植え付け札に封じ込めたものが式神らしい。
それができるのなら、悪魔も霊を従えられているのではないのか、と思ったのだ。
「……そうですねぇ」
口元に手を遣り、彼は視線を横に動かした。
「まあ。隠しても仕様が無いので、白状致しましょう」
特段に辛そうな顔も面倒そうな顔もしていなかったので、魔女はそのまま聞く。
「式神共は、私の一部、で御座います」
涼しい顔でとんでもない台詞が出た。
「…………きみの、一部?」
怪訝な顔で魔女は眉を寄せる。なんだか宇宙が見えそうである。
「ええ。なんと言いますか……私の魂の一部なのです」
「なんでぇ?」
驚きで、魔女は素っ頓狂な声を上げた。
自身の魂を分けるなど、正気の沙汰でない。……いや、彼はもとより正気でないならできて当然なのだろうか。
「嗚呼、少々語弊が」
「うん?」
魂を分けたのでないのならいいのだけれど。とにかく、魔女は頷く。
「私は、肉・骨・魂を含め丸ごと喰らった魔獣を式神に下す事が出来るのです」
爽やかな笑みを浮かべているが、内容は随分と生々しい。
「正確には、『丸ごと喰らった魔獣』と、『其の血肉等を利用して作った呪符』さえ有れば、それなりには動きますが」
あんまり違いがわからない。
彼曰く、『式神は霊や精霊等の霊体を札に封じ込めたもの』なので、霊を従える才能がなくても仕組みさえ作れたらどうとでもなるという。
「喰らったものが血肉となる故に、私の式神共は私の一部なので御座います」




