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薬術の魔女の結婚事情  作者: 月乃宮 夜見
一年目

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窓辺に人いたら誰だって驚くって。


 日の光が部屋に差し込み、薬術の魔女は目を覚ました。


「んー、なんだか昨日は騒がしかったような……」


呟きつつ、ベランダで育てている薬草達に水をやるためにそこに繋がる窓を開けると


「うわっ?! 不審者!」


 裸の男が……いや。黒く長い髪で見え辛いものの、一応、腰元に布らしきものがあるようだ。つまり上半身裸の男が、ベランダに座り込んでいた。


「……不審者とは失敬な」


 聞き覚えのある声に、薬術の魔女は連絡機に伸ばしかけた手を止める。

 そして、よく見ればその長い髪は日の光を受けやや紫がかっていることと、隙間から見えた鋭い眼光が見覚えのある常盤色をしていることで、不審者の正体が魔術師の男であると気づいた。


「……いや、だって。半裸でベランダ居られたらどう見ても不審者……」


目を逸らしつつ薬術の魔女は答える。まあまあ半裸よりも露出している気もするが……。


「……このような見苦しい姿で申し訳ありません。暫しの骨休めに利用させていただきました」


姿勢を変え、膝を揃えて彼は頭を下げた。要は土下座に近い姿勢だ。


「うん別に薬草を痛めてないなら良いんだけどさ」


良いんだけれどこの状況なに? と、薬術の魔女は混乱していた。早朝のベランダにほぼ裸の婚約者とは。日は出ているものの、未だ薄暗いので通報はされていないだろう。多分。(そうであって欲しい。)


「少し、この近くで仕事がありまして。疲れも取れたのでもう帰りますのでご安心を」

「ま、待って」


帰ろうとする魔術師の男を呼び止め、


「これ」


保存庫から出した、薄緑の液体の入った小瓶を差し出す。


「何です?」


「魔力回復ジュース。なんかすっごい魔力減ってるからさ」


「……ふむ。有り難く、頂戴致します」


 小瓶を開け中身を少し光に透かしたのちに、魔術師の男は小瓶を(あお)った。


「どう?」


「……確かに、回復しているようですね」


ぐいと口元を拭い、魔術師の男は感心したように呟く。


「でっしょー?」


薬術の魔女は得意そうに胸を張った。


「助かりました。御礼は後程(のちほど)致します」


「ん、暇潰しで作ったやつだから別にいいよ?」


「……そうで御座いますか」


 魔術アカデミーの方角から、早朝5時を知らせる音が聞こえた。


「……()(まま)だとそろそろ本格的に(まず)い事になりそうなので、それでは」


小瓶を薬術の魔女に返し、魔術師の男は姿を消した。


「行っちゃった……」


 ちゃんと自宅に直行してくれただろうか。薬術の魔女は、それだけが気がかりだった。


「ん、寒っ」


 窓から吹き込んだ風の冷たさに呟く。虚霊祭の明けた次の日から、急に冬の気配が強まってくるのだ。


×


「ちゃんと全員居るかー?」


 虚霊祭の翌日は、毎年点呼を行う。それは普段行われている点呼確認よりも圧倒的に厳しく、居なければ直ぐに捜索が始まる。また、この日の周辺では行方不明者や死者の報道がやけに多くなる。


「全員居るみたいだな」


 寮母の人達は安心した様子で息を吐いた。今日は休みだが、次の授業が始まる日にも教師達による人数確認が行われる。

 虚霊祭の翌日はひどく騒がしい。

 が、それよりも薬術の魔女の内情の方が騒がしかった。


「……どうしたの?」


「へっ?! な、なにが?」


「なんだか、ぼんやりしてるわよ」


 朝食を食べていると、友人Bと友人Aが声をかける。


「すっごい動揺してるね」


「ひょんな事ないよ」


「……噛んだわね」


「何でもないって! ごちそうさま!」


「あ、逃げた」


朝食を流し込み、自室に戻った。


「(……いや、だって……)」


 今朝のことを思い出し、顔に熱が集まる。


「さすがに動揺するでしょ、なんだあれふざけんな!!」


周囲に聞こえない程度の音量で叫んだ。でないと今まで経験したことのないような、なんだかすごく変な感情が湧いてしまう。


「いやあれは明らかに宮廷魔術師の身体付きじゃないよ絶対本業軍人だよ」


間違いなく、宮廷魔術師である。


「まあ仮に? 本当に宮廷魔術師だったとして? いや『宮廷』魔術師なのになんでアカデミーの近くで仕事してんのさ。宮廷魔術師なら大人しく宮廷で魔術師しててよ?」


うろうろと室内を歩きまわりながら、薬術の魔女は呟く。動いて居ないと落ち着かなかった。


「それとも宮廷で守るような()()()()()がこの近くに用事があったとかそんなこと? どう考えてもおかしいだろ」


 魔術アカデミーは王都にあるものの、周辺には住宅街と自然いっぱいの山くらいしかない。


「……………………よし、忘れよ」


ふと、魔術師の男のことを考えてばかりでいたこの状況に我にかえり、薬術の魔女はかぶりを振って忘れることにした。


 そして。薬品を作ろうとして少し手を切ったり火傷したりしている内に、本当に忘れた薬術の魔女だった。


×


「よし。全員、居るな」


 翌日。


 担任の教師が寮生とそうでない学生の名簿を確認し、周囲の学生達を見た。薬術の魔女のクラスでは、『虚霊祭の悪いもの』に拐われた学生は居なかったようだ。

 午前が終わる頃には掲示板や学生間でのやり取りを通して、魔術アカデミー内での行方不明者の有無がアカデミー生全体に知られる。

 運良く、今年も悪いものに拐われた魔術アカデミー生は居ないようだ。そして、なぜか今年は全体的に行方不明者の数が少ないらしいことを、夕方の報道で知った。


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