呼び出されたお話。
「ん、」
何か、鳴き声が聞こえた気がして、魔女は周囲を見回す。
「あ、半透明のねこちゃん」
少し見回すと、以前なんとなく見たことがあるような気がする、半透明の猫らしきナニカが部屋の外でこちらを見ていた。
なんだか悲しそうな顔で、じ、と見つめる。
微動だにしないその様子で、夫がこの家に掛けたらしい妖精や精霊などから護る術式は効いているのだと悟った。
「入れないなら、おいでー」
と、魔女が窓を開けようとした瞬間
「入れてはなりませぬ」
がちゃん、と後ろから現れた悪魔に閉じられてしまう。
「なんで?」
「あれは奴の手下です」
振り返り見上げると、少し不機嫌な様子で彼は半透明の猫を睨んだ。
「じゃあおうちに入れていいって事だよね。おいでー」
一瞬の隙を突いて窓を開ける。そこから、さっと半透明な猫は侵入した。
×
入ってきた半透明な猫は、手紙を差し出す。
「え、お手紙?」
と魔女が触れる前に
「私が目を通しておきます」
そう、悪魔に取られた。そして、彼は手紙を開けずに燃やし始める。
「あっ、お、お手紙?!」
魔女が困惑の声を上げる間に、半透明な猫はすかさずもう一枚、今度は魔女の手元に差し出された。次は彼に取り上げられるよりも先に魔女は手紙を開く。
『こういうこともあろうかと、2枚届けておいた』
と、手紙の文頭に書いてあった。
×
「……ね、読み終わった後とかに勝手にどこかに飛ばされたりしない?」
さっと手紙を開いておいてだが、一応、呪猫当主からの手紙には前科があるので警戒して魔女は問う。
「…………えぇ。今回は、何も仕掛けられておらぬようですよ」
つんと顔をそらしたままで、悪魔は答えた。少し拗ねているらしい。
『一度、子を二人ともに連れて呪猫に来ると良い。直接、見せてもらえないだろうか』
それが、手紙の大まかな概要だ。
「お兄さんに、子供達のことお話したの?」
魔女が聞くと
「……いいえ。微動だにせぬ子が生まれたが心当たりは有るかと問うただけで、子の数等書いておりませぬ」
悪魔は、すん、と澄ました顔で答える。相変わらず拗ねたままだ。
「せっかくのきみの身内だし、少しくらい教えないの?」
そう聞いてみるも、
「教える必要は何処にも在りませぬ。現に、此の様に勝手に知っているではないですか」
と取り付く島もない。
薄々気付いていたけれど、やっぱり随分と仲が悪いみたいだと、魔女はなんとなく思う。まあ、呪っているんだっけ、と少し思い出した。
しかし、どちらかといえば彼が酷く嫌っていて、兄がそれをからかっているように見えるのだが……
×
「ね。まだ居るよ、半透明なねこちゃん」
険しい顔で手紙に目を通す悪魔の袖を、魔女はくいくいと引っ張る。
「……そうですね。返事を寄越すまで居座るようで」
手紙を全て読み終えたのか、悪魔は舌打ちをした。そのまま手紙をひっくり返し、懐から出した筆で何かを書き始める。
「……是を」
と、悪魔は手紙の入れ物や紙全てをほぼ手渡された時のそのままにして、遣いの半透明な猫に突き返した。
「新しいやつとか使わないの」
半透明な猫と共に、少々困惑気味の魔女に
「奴には、此れ程度で十分です」
と悪魔は視線を逸らす。この手紙の返し方は随分と非礼極まりないものだ。
『ほんとうにそれでいいの』とばかりに見上げる猫霊に
「……ふん、猫被りしおって」
と呟き、
「手紙は返しました。故に、可及的速やかに往ね」
と睨み下ろす。すると、ぽん、と半透明な猫は消えた。
「ねこちゃん被ってるのは、きみもでしょ」
先程彼の告げた言葉に魔女が言及すると
「…………さっぱり、意味が分かりませぬな」
悪魔は、つい、と顔を逸らした。
「お返事、なんて書いたの?」
「……今度の雨祭りの日周辺に来るよう、指定があったので『謹んでお受け致します』と」
面倒そうに、彼は小さく溜息を吐く。
「『お願い』のような形は取られておりますが、奴の頼みは寧ろ命令で御座います。断れる訳も無い」
指定日周辺に、呪猫当主から軍部の『魔女』に招集の命令書が来るはずだと、彼は告げた。
そして、彼の予想通りに通達が来て強制的に仕事は休みになり呪猫へ行くこととなったのだ。




