後始末のお話。
カツン、と、石の床を打つ音が響く。
背の高い朱殷色の髪の男が、側に控えた外套で顔を隠した男に告げた。
「……お前の望んだものは、本当にそれでいいのか?」
「お前の功績ならば、もっと別のものを望めたはずだろう」と朱殷色の髪の男は言う。
「……私には、是が一番宜しいのですよ。監視員長官殿」
呟き、外套で顔を隠した男は左手を真横にすっと静かに動かす。
魔力の輝きが集まり、手元に『杖』が現れた。薄い手袋に覆われたその手で握ったそれは、
「……いつ見ても、奇妙でいて悍ましい形をしている」
監視員長は、些か顔をしかめる。
持ち主の身長よりも大分大きく、渾天儀を中心に錫杖と天秤を合わせたような形状をしている杖——
——それの向きを、四半回転させた。
四半回転したそれの形は、柄杓星の形を模した長槍斧。
長槍斧は対象に突き刺し、殴打し、引き裂き、肉を断つ為の長得物である。そして、形を模した柄杓星は呪猫の術、特に呪術で使われる、冥府神を象徴する星だ。
『世界と知識』を表す渾天儀と、『裁量の平等』を表す天秤、『除厄』を表す錫杖に、『悪意と呪い』を表す刃物と柄杓星。
二面性を持った杖だった。
「お前の望んだ、『元教皇の処刑』……見届けようか?」
「不要です。貴方も此の仕事を観たい訳では有りますまい」
「……そうだな」
感情の読めない平坦な声で言われ、監視員長は少し肩をすくめた。
「時間、場所、手順、全てその通りに済ませろ。お前に言う事でもないが」
外套で顔を隠した男へ告げ、踵を返してその場から去る。
×
シャラ、と高い金属音が鳴った。
「『此れ依り、『契約を違反した罪』を雪ぐ極秘死刑の執行を行う』」
淡々と文言を唱え、特殊な術式を展開させる。
目の前には、拘束衣で膝を突く姿に固定された罪人が居た。
その者は、侵攻してきた国の教皇。
身分を剥奪された挙句、被害を受けたこの国へ身柄を引き渡された者。
魔力を使えぬよう、目は潰して黒い布で目隠しをされている。
魔術を唱えられぬよう喉は焼かれ、舌は抜いてある。
術式を行使できぬよう手の平は焼け爛れ、指は切り落とされて既に無い。
手首には小手の様な魔錠が着けられ、固定されている。
余計な反応をされないように、耳も潰してある。
「……よくも、我が妻の手を穢させよったな」
聞こえないはずだが、存分に呪詛の籠った言葉に罪人はびくりと身体を強張らせた。
罪人は首を差し出すような姿勢のまま動けず、拘束されてからずっと、ただそこに置かれて居た。
見えずとも聞こえずとも、何かが始まったことだけが唐突に知らされた。
カツン、と、床から振動が伝わるように音を立てて歩く。
シャン、と石突きが床を突く度に音が鳴る。
「此れは私怨。是は呪い」
手順として決められた場所よりゆっくりと歩き、呟いた。
「而、契約の、代償」
それから罪人の真横に立ち、歩みを止める。
「『罪を雪ぎ、天に、地に還るが良い』」
文言を唱え、杖を振り下ろした。




