慰安旅行のお話。
※名称の変更があります。
以降、そのままです。
薬術の魔女→魔女
魔術師の男→悪魔
「う゛ー」
相変わらず、彼女は部屋に引きこもっていた。たまに部屋の外や庭にも出るが、屋敷からは出ない。
「……」
ちら、とその部屋に視線を向けただけで、彼は小さく溜息を吐く。
よほど、部屋に缶詰めにされたが堪えたのだろう。
いつも、にこにこと笑みを浮かべている。だが、顔は蒼白で、一人になると今のように小さく蹲って震えていた。
下らぬ諍いなど吹っ掛けおって、と敵対国を呪いたくなるそれを堪える。
あの国は既に、『魔女』の手で壊滅寸前まで追い込まれていたからだ。勝手に追い討ちを掛け、そのせいで魔女が更に恨まれる事など、あってはならない。
ついでに、自身にも『悪魔』、要は悪を成す者、呪う者などというどうしようもない渾名が付いた。まあそこはどうでも良い。事実、数多の兵士を、魔術と呪いで殺したからだ。
抱えていた、小さな子を撫でる。
この子にも、ようやく会えた。戦争の最中では二人共に子に構う事ができず、手伝いの者に任せきりだった。
柔い頬に触れると、けらけらと笑う。妻にも抱かせてやりたいが、きっと、『手が穢れてしまったから』と、拒むのだろう。
「(殺めた事で穢れる成らば、私の方が……余程)」
直接手を下して人間を殺めた己の方が、穢れている筈だ。彼女は命令で仕方なく、そして間接的に殺めてしまっただろうが、彼自身は命令だけでなく私利私欲の為に、望んで殺める事も幾度かあった。
どうすれば、また笑ってくれるだろうか。
×
静かになった彼女の部屋に、悪魔はそっと音も立てずに入る。
「すぴー」
寝ているようだ。
寝息は変わっていないようで、心底安堵した。
眠る彼女に近付き、そっと枕の下に手を入れる。
彼女の元には『国を救ってくれた英雄』だと、称賛の声ばかりが届けられた。
「……」
少し探って、探してたそれを指先で摘んで抜き出す。
それは真っ黒な、人型の繊維質な紙だった。
彼は袂より、同じ形状の繊維質な紙を取り出す。
真っ白なそれを、魔女の枕の下へ差し込んだ。
途端に、真っ白だったそれに、じわり、と黒い染みが拡がった。
悪魔は知っている。
称賛のそれよりも、凄まじい量の怨嗟の声が潜んでいる事を。
彼は枕の下に差し入れたそれは、彼女に向けられた怨嗟を代わりに受ける、人形だ。
真っ黒になった人形を、袂に入れる。そして、部屋を出た。
×
『 』
突然、誰かに話しかけられた気がした。
咄嗟に子を胸元に隠す様に抱き抱え、周囲を見回すも、よくはわからなかった。子が苦しそうにぐずったので、手を緩める。
その夜、夢の中に魔女の『おばあちゃん』が現れた。
久々に夢を見た。
いつ振りかと言われると、
「(確か、)」
そう。第一子が産まれる頃の、彼女の『おばあちゃん』から呼び出しを食らった時だった。……つまり。
『聡い子は嫌いじゃないですよ』
「……」
ふと、視線を上げる。予想通り、目の前に白い髪と銀の目の女性が立っていた。
『あなた達の子、預かってあげますから、気晴らしで旅行とか、行ってみたらどうですか?』
「……何処に、行けと」
どの土地に行っても、『魔女』と揶揄される彼女が良い目で見られるわけがない。その上、彼自身は『悪魔』と呼ばれ、恐らく、魔術師や貴族だけで無く、市井の者にも忌み嫌われる存在になってしまった。だから、落ち着いて旅行ができるとは到底思えなかった。
『んー……鳥のところとか、どうですか?』
「……通鳥、ですか」
聞き返すと、そうだと女性は穏やかに頷いた。
後輩の魔術師に頼め、ということか。
『そうです。あなた達には強い繋がりがあるじゃないですか』
「……そうですね」
そう、視線を逸らしたところで、ふと目が覚めた。
「……御告げ、ですか」
ゆっくり起き上がり、彼は頭を抱える。
相変わらず、魔女は胎児の様に蹲って、小さく震えていた。そっと触れると、びくりと跳ねる。
彼女をそっと撫でながら、開いている方の手を自身の目元を覆うように持っていく。
まさか、この様な形で干渉してくるとは思いもしなかった。呆れの様な、溜息が出る。
後輩に声をかけたところ、「あの子のためならやってあげますよ」と、意外と乗り気だった。
「うちの縄張りであの子を不快になんてさせません。任せてもらえませんか。旦那も手伝ってくれるはずなんで、安心してください」
旦那……古き貴族『通鳥』の領主の伴侶、となると確か元王族の者だったか。軍部では人事に関わる職についていたはずだ。
そして、魔女の軍部での、友人や同期に近い存在だと聞く。
「(……まあ、彼女の為成らば)」
そうして、通鳥への慰安旅行の計画が立てられた。
そして、美しくで穏やかな自然の景色を見て回るような、人間に会いにくい旅行が始まる。




