敵襲
今回は難解な漢字が多いのですが、
魔術師の心境の余裕の無さが原因です。
(という言い訳)
四方より真っ直ぐこちらに向かう黒い靄を、軍人、魔術師達は迎え撃つ。
誘いの魔獣達は身体が脆く、魔術で弾かれただけで霧散する。だが数が多く、逃せば子供の魂を拐うので用心し護り切らなければならない。と、魔術師の男はそう聞いている。
宮廷魔術師は主に国の主要人と城を護る事しかしない。要は、こうして一般人を護ろうとするのは初めてだという事だ。
外部の刺客や魔術から人間を護るのと魔獣から人間を護る勝手の違いに対応出来るだろうか、と不安になる。
「(……いや、対応為る而已)」
それ以外に道が無い。
×
「『我は宣言する。“硬き護り”の術式を』!」
若い魔術師の一人が守護魔術の文言を唱え、
「『我は宣言する。“魔術式の拡大”の術式を』!」
もう一人の魔術師が拡大魔術の文言を唱える。双方でそれぞれの魔術式を展開し干渉させ合うことで互いの負担を減らす、実に効率的な方法だった。
だが、文言が長い。
「(未だ略式が組めぬ程の人材を寄越したのか)」
略式が組める者は貴族の元に回されているのだろう。しかし派遣されただけはあるようで、術は丈夫だ。
「(其れ故、撃ち漏らさば問題は無し)」
魔術師の男(猫)は手すりを蹴り宙に飛び出す。
「『宣告』」
呟き、
「『“連矢”』」
術式を展開させた。
術式を展開した直後、即席で生成した魔術結界を足場として蹴り、周囲が見えるよう屋上に降り立つ。
放った連矢は魔術式をすり抜け、一旦、誘いの魔獣達を散らすものの、それはただの気休めにしかならならず、すぐに後続の魔獣が現れた。
×
獲物にしか興味のない誘いの魔獣達は、真っ直ぐに寝静まる学生達の部屋に向かって行くも、魔術師達の展開した術の壁に弾かれ霧散する。
しかし、その後方からも途切れる事無く魔獣達は押し寄せた。
それは誘いの魔獣達の襲来が終わるまで否が応でも続く。そして、
――ビシリ
と、防護の術式の軋む音が聞こえた。
「『“補綴”』」
すかさず魔術師の男は術式を軋んだ箇所に被せ、傷んだ箇所の修復を行う。
魔術式は宣言の前置きをせずとも術式の展開は出来るが、
「(矢張り、弱いか)」
効きは早いが効果が薄い。けれども、何もしないよりは十分にましだった。
誘いの魔獣から寮生達を護るこれは、普段の国を護る結界の修復や補填する行為とほとんど同じようなものだ。なので、すぐに魔術師の男は対応できた。
だが、当然の話であるが、国防の結界よりも単体の魔術師の生成した術式は弱い。
何度も魔獣達にぶつかられ、打ち消し合い、削れた守護の魔術式は砕けた。
それを好機とばかりに誘いの魔獣達は、薬術の魔女の部屋の元へと集まる。彼女の魔力が殊更に旨そうに見えたのだろう。
「くそっ!」「しまった!」
叫びながらも魔術師達は再び術の展開を始める。
「『我は宣言する。“広きを護る”術式を』!」
「『我は宣言する。“強き風”の術式を』!」
片方が薄くとも広い防壁を素早く張り、もう片方の魔術師が入り込んだ魔獣を攻撃して追い払おうと咄嗟に変えたらしい。
アカデミー寮に当たっても問題ないように、風の魔術を使用したようだ。
魔術師の男はその隙に入り込んだ、薬術の魔女以外を狙う誘いの魔獣達を散らす。
そして、薬術の魔女を狙う誘いの魔獣がその窓辺に触れる直前で弾かれ、霧散するのを流し目で確認した。
「(きちんと窓辺に置いてくれていたようですね)」
札も問題無く機能しているので彼女を狙う誘いの魔獣以外に集中することができる。
「『宣告。“烈風”』」
×
いつのまにか術の強化や補修が行われ、誘いの魔獣等が削れていくことに違和感を持ちながらも、派遣された魔術師達は必死にアカデミー生達を護った。
やがて、薄く空が白み夜明けが訪れたのだと知る。
「これで終わった……!」
「やっとだ!」
初めて参加した軍人や魔術師達はきっと、自身等の知らぬ間に行われていたこの激しい戦闘に、今まで自身等を護ってくれた名も知らぬ魔術師達に心から感謝しただろう。
それほどに、消耗が激しい防衛戦だった。
この長い防衛戦の終わりを悟った軍人や魔術師達の安堵の声が聞こえた。
魔術師の男視点の題名が短く端的なのは、彼が魔術式をコンパクトにまとめられる事のイメージを表しているという裏話。




