そういうとこやぞ。
「ごめんって」
居間のソファに深く腰掛ける魔術師の男に、薬術の魔女は軽く謝る。
「……」
ふい、と彼は柳眉を寄せたままで、顔を僅かに逸らした。
手に本を持っているが、それが読まれた形跡はない。視線を合わせないようにただ持っているだけだ。
顔を覗き込もうとすれば、その本で遮られる。
「ねー」と、何度か声を掛けても、「ごめんね」と言っても、変わらずこの調子だった。
どうやら拗ねているらしい。
「……私が赦したとて」
ややあって、魔術師の男は口を開いた。
「貴女が其処を辞める事は無いのでしょう?」
「うん」
「……はぁ」
彼女の即答に、彼は溜息を吐く。
「なにか文句あるの?」
聞かずとも分かりそうな事を、薬術の魔女は問うた。
「……怪我をなさったら、如何するのです」
色々言いたい事は有ったが、ひとまずは身の危険について言及する。軍事は魔力が少ない者でも行使できるよう、基本的に己の肉体を使う者が多い。
砲弾や戦車の様な兵器や武器も使用するが、要するに物理なのだ。
「ちょっとだけ戦闘訓練とかあるけど、そんなに危なくないよ」
「そうは言いましても」
薬術の魔女は軍医になったようなので、普段も、何か軍部が動くような事態に陥っても歩兵ほどの危険は無いだろう。
だがやはり軍人なので、それなりに身体も鍛える事になるだろうし、絶対に安全とは言い切れない。
「もー、仕方ないなー」
嫌そうに顔をしかめたままの魔術師の男に、薬術の魔女はそっと近付き
ちゅ
「……ね、これで機嫌直して?」
頬を赤くさせて、彼を見上げる。彼女は頬にちょっと口付けただけだが、羞恥心が湧いた。
「…………小娘」
す、と目を細める彼は、酷く冷ややかな目で彼女を見下ろす。
「其の様な仕草、一体何処で学んだのです」
しかし、よく見ると耳の先が僅かに血色が良い。
「友達がくれる雑誌」
「………………はぁ……」
正直に答えると、魔術師の男は柳眉を寄せ顔をしかめ肩を落とした。
恐らく、友人Aや友人Bからの入れ知恵なのだろう。だが、友好関係に口出しする訳にはいくまい。
「ゆるしてくれる?」
その様子に、意外と効果あったかも、と思いながら駄目押しにと上目遣いで見つめると
「いいえ。赦しませぬ」
無情な返答があった。全く効いていなかったらしい。
「むー」
眉間に皺を寄せて口をへの字にした。座っていれば、悔しさと恥ずかしさで足をバタバタとさせていただろう。
「……こっちから、せっかくちゅーしたのに」
真っ赤な顔で、薬術の魔女は頬を膨らませた。
「……私は部屋に戻ります。お好きに為されば宜しい」
そう言い捨て、魔術師の男はその場から去る。
「ちょっとご機嫌斜め……」
遠ざかる足音に頬を膨らませたまま、薬術の魔女は俯いた。でも、仕方ないだろうと言い訳をする。自由を許してくれないのは、薬術の魔女にとって、すごく嫌な事だからだ。
×
少しして。
「御守りです。滅多な怪我が起こらぬ様、たぁっぷりと、術を込めました」
「うっわ、なんか禍々しい」
彼女の元へ戻ってきた魔術師の男から、なんだかえぐい存在感を放つ札を手渡された。
「……軍部の安全機能に引っかかった場合、お知らせ下さいまし」
つい、と視線を逸らして彼は告げる。
「ん! わかった!」
色々言うけど、やっぱりやさしいなぁーと、薬術の魔女は笑みを浮かべた。
……実際のところは、彼女の監視の役を全うする為のあれやこれやがこれでもかと詰まった逸品である。確かに、御守りでもあるが。
効果の具体例を述べると魔力を使わない発信機兼盗聴機と居場所標識。彼女の居る場所へと瞬時に飛べる。
「(……ふん。絶対に、逃がしはせぬ)」
息を吐き、魔術師の男は更なる彼女を逃がさない方法に思考を巡らせた。
お互いにね。




