第一子が生まれる話。
はじめてのお話がムーンライトの方で完結したしましたので、ある意味その続きです。
薬術の魔女のお腹には、小さな命が宿っていた。
実際、それに真っ先に気付いたのは魔術師の男の方だったが。
寝る時に、やけに腹回りでにおいを嗅ぐような動作をするし腹を撫でるものだから「一体何?」と問い詰めたところ、「何か違和感があって落ち着かないのです」と言ってきたのだ。
それから少ししてから検査を行ったところ、診断をしてくれた友人Aから「……妊娠してるみたいね。おめでとう」と告げられた。
衝撃だった。
身体にまだ違和感はなかったものの、そういうことらしい。実感など湧かない。
それから。
彼が過保護になった。
いやまあ、結婚前での反省は活かされていたので不快なほどの不自由では無かったが。
日に日に大きくなるお腹に、「本当に赤ちゃんがいるんだねー」と、薬術の魔女はおっかなびっくり、だけれど嬉しそうに笑った。
だが、魔術師の男の方は流れてしまわないか、産んだとしても産後の肥立ちが悪かったらどうしようかと、気が気でない。
それを、
「大丈夫だよー」
と薬術の魔女は、ふへへ、と気の抜けた様子で居る。
「……まあ、そうでしょうが」
実際、先を占、卜、相、などで見た時も悪い結果は出なかった。
だが、占いは予測や予想であって確実ではないのだ。
「おばあちゃんも『大丈夫』って言ってるし」
「…………そうですか」
心配性な彼に『心配するな』と言う方が難しい。
それと、もう一つ。
薬術の魔女は『妖精の魂』を持ち、魔術師の男は精霊や呪詛、穢れや神の断片の混ざった『歪んだ魂』を持っている。
その二人の間に生まれた子がまともな人の子なのか。非常に気掛かりだった。
×
随分と大きくなったお腹を見下ろし「あ、またお腹けったー」と、嬉しそうにそこを撫でる。
時折、『良い子になってね』とか『元気に育ってね』と鼻歌を唄っていた。
そして、「どこで産もうか」という話をした時。
『わたくしのところで産みませんか』と、薬術の魔女の『おばあちゃん』から直々に声がかかった。
声を掛けた方法は、夢からの干渉。
薬術の魔女はともかく、魔術師の男自身は睡眠時も外部から魔力的・呪術的・祈り的な手段で干渉されないよう防御をしていたのだが。
彼は滅多に夢を見ない質なので怪訝に思っていたら『おばあちゃん』が現れて更に困惑した。
目を覚ますと、きらきらと溢れんばかりの嬉しさを滲ませた顔の彼女が
「おばあちゃんのところに行こ!」
と言ったので、彼女も似たものを見たらしいと知る。
ひとまず友人に様子を見てもらいながら、という話になった。
「……私は……古き貴族の血の関係上、其方の不可侵領域の森へは入れないのですが」
それから少しして、薬術の魔女の元へと現れた『おばあちゃん』に、魔術師の男は少々困惑した様子で告げた。
『良いから良いから。たった1日くらい、どうにでもなります』
「なるんですか」
『おばあちゃん』の言葉に彼は当惑する。
『あなたは当主じゃないのですから、大丈夫大丈夫』
「そんなてきとうな」
二人がそんなやり取りをしている間にも、
「ん゛ー、おなかいたいー」
と、彼女は顔をしかめていた。陣痛が始まっていたのだ。
『というか、手が足りないので強制参加です。えい!』
と、『おばあちゃん』に雑に声を掛けられ、気付けば見知らぬ場所にいた。
×
「わたくしの住処です」
短く答え、ひょいと薬術の魔女を持ち上げて特殊な椅子に座らせ、カーテンを締める。
「あなたは産湯と拭くものの用意だけをしていてください。庭の水を汲んで、魔術で温めて」
いつのまにか現れた大きな盥があったので、というか他にやりようが無いので魔術師の男は指示に従った。
それから、産湯と柔らかい布の用意をして待つ。
「はい、赤ちゃんですよー」
と手渡されたそれは、彼女の体液に塗れて実に芳しい香りが、じゃなくて。
「……」
ふと視線を感じて振り向くと、『おばあちゃん』が見ていた。
『舐めとらないんですか?』
一体何を? と、思いつつも『何』を舐め取らないのかと期待されているか気付いてしまう。
「流石に、私は人間なのでしません」
猫じゃないので、と小さく溜息を吐く。当然、羊膜や色々を舐め取る訳にはいかない。
すごく美味しそうな匂いはしたが、理性で抑え込んだ。というか、栄養分たっぷりならば、彼女が食べるべきものである。
断ったら『なんだー。しないんですか』と言いたげな視線をもらった。何を期待しているのだ。
「臍の緒と胎盤はいかがですか?」
「食べませぬ」
——そうして。
「んわーっ! かわいい!」
取り上げられた子を見て、薬術の魔女は歓喜する。
「ぎゅってしたい! 撫でていい?」
「落ち着いて下さいまし。先ずは殺菌を」
出産して少し時間が経ったとはいえ、凄まじく元気そうだ。持ち前の回復力のおかげだろうかと思いながら、魔術師の男は安堵の息を吐く。
「はーい」
騒ぐ薬術の魔女を魔術師の男が諌め、しっかりと消毒した。
「わぁー、ふあふあだー」
目を輝かせ、柑子色の柔らかい髪に触れる。
「ふふー、おめめは何色かなぁ」
薬術の魔女は、目を閉じた小さな存在にすっかり夢中らしい。
「扨。髪色は兎も角、目の色……魂の色は遺伝しませんし」
答えながら、魔術師の男は悪い色でなければ良いと思ったのだった。
それから少しして、子は目を開ける。
「わーーっ! 見て綺麗!」
と騒ぐ薬術の魔女の方へ視線を向けると、ぼんやりと虚空を見つめる翡翠色の丸い目が見えた。
薄い柑子色の髪に翡翠色の目。
「(……彼女の髪と私の目、か)」
しかし、ここまで色が似るのも珍しい。
普通ならば、両親より色が大分鮮やかだったり濃かったり、色が薄かったり外部から別の色が混ざったりするからだ。
「えへへー、しゅっごいきゃわいいー」
「……涎が出ておりますよ」
じゅる、と啜ってもなお薬術の魔女から垂れるそれを拭い、魔術師の男は溜息を吐く。きっと、首が座ったら頬擦りもするのだろう。
当然の話だが、薬術の魔女は随分と子供に夢中なようだ。
「…………」
ふと、魔術師の男は自身の心の動きを鑑みる。
「安定してますね?」
「……そうですね」
にこにこと微笑む『おばあちゃん』に、気不味くなり視線を逸らす。
このままならば、子を傷付ける事も無さそうだった。その事が、彼を安堵させた。
こうして、薬術の魔女と魔術師の男の間に、第一子が生まれた。




