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薬術の魔女の結婚事情  作者: 月乃宮 夜見
はじめてのおはなし

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はじめての9


「……本当に、宜しかったのですか」


 静かな声で、魔術師の男は問いかけた。


「何が」


聞き返しながら薬術の魔女が見上げると、見下ろす彼の視線と交わる。

 彼の顔は普段通りに氷像のように冷たかったが、瞳が不安そうに揺れていた。


「もう少し待てば制度等、廃止になったでしょう」


 薬術の魔女と魔術師の男の二人は、政府の考案した『相性結婚』の制度によって結ばれた。つまり、色々と制度に則った行動をしなければならないのだ。

 制度自体はもうじき終わるのだが、制度で結婚した者には規定は離婚するまで有効で、それに従わないといけない。


 お陰であれこれと本来は有った筈の自由が制限されてしまい、その不自由さに不満を抱かないかが不安なのだと彼は言う。

 きっと、どうせ結婚する気があるのならば『制度に従わなくとも良かった』のだと魔術師の男は言いたいのだろうと、薬術の魔女は捉えた。


「べつに。というか、この制度がなかったらわたしときみが会うこともなかっただろうから。むしろ感謝してる」


「……そう、ですか」


相槌を打ちながらも、魔術師の男は内心でひっそりと安堵の溜息を吐く。結婚前と、彼女の意志は変わっていないと確認できたからだ。結婚してから「制度に従うのは窮屈だから、やっぱり辞めたい」と言われたらどうしようもない。


 殆どの者から疎まれている制度をありがたがっている者など、きっと薬術の魔女と魔術師の男の二人以外は居ないだろう。仮に居るならば、上手く性格が噛み合った者、だろうか。


「前も言ったけど。きっと、こっちの方が君にとって都合が良いだろうなって思ったし」


「……身分や仕事の立場上、確かに私に()いては都合が良いものですが」


 魔術師の男にとって都合が良くとも、薬術の魔女にとってはどうなのか。考えて、一緒にいられるならば何だって良かったのかもしれないと彼は思い直す。彼女は自身に害が無ければ、何だって受け入れる娘なのだから。


「それに、わたしはきみのことが好きだから、一緒になる決心をしたんだよ」


「…………そうでしたね」


薬術の魔女が見つめると、やや照れた様子で魔術師の男は目を逸らす。


「きみの方こそ、わたしで良かったの? もっと良い相手とかいたでしょ?」


「私にとって、好い者なぞ貴女以外に居やしませぬ」


低く、彼は言葉を返した。


「……私も、貴女を心よりお慕い申し上げております。貴女でなければ、結婚等しても仕様が無いのです」


 他の相手など居るわけがない、とはっきり言い切る魔術師の男に、今度は薬術の魔女が頬を赤らめる。


「結構熱烈なこといってくれるね。……照れちゃうなぁ」


 3年と少しという長い婚約期間を経て、二人はようやく夫婦となった。これから、死が別つまで生涯共に寄り添うことを決めたのだ。


 そして結婚したのならば、特に『相性結婚』で結ばれたのならば、子を生さねばならない。

 少子高齢化に対する制度なので、最低でも二人は産む契約になっている。事前の検査で互いに生殖機能に異常なしとなっているので、すぐに催促などが来るだろう。


「……貴女は(これ)()り、契約に(もと)づき私の様な(おぞ)ましい出来損ない(化け物)と子を成す事となりますが」


 そこまで口にしたところで、魔術師の男は薬術の魔女の不機嫌そうな顔に気付く。


「だから! 前にも言ったけど、わたしの大好きなきみを悪く言わないで! ……いくらきみでも、許さないよ?」


頬を膨らませ、じぃっと睨むその顔は怖くはない。


「……そうですねぇ。言い過ぎましたか」


だが、折角の結婚した日に仲違いをするのも良くないだろう。そう考えたのか、魔術師の男はやや気まずそうに視線を逸らしつつも、謝罪の旨を口にした。


「ん。分かってくれるならいいの」


彼が素直に謝罪すると彼女は機嫌を直した様で、再び笑顔になった。


「えっと、子供の話?」


「はい。契約の規定では少なくとも2人、産む決まりになっております」


「ん、そうだね。賑やかそうでいいと思うよ?」


 薬術の魔女は子を産む事については特に気にしていない様子だ。


「其れと、極力は育児や貴女の手伝いを行うつもりですが……仕事の関係上、貴女の求めた時期に手伝えない恐れもあるかと」


「ふーん、そっか」


 宮廷魔術師の仕事は魔術式の研究と、国の催事に参加して国を守る事だ。だから、家族よりも国を優先しなければならない。

 その上、各季節や時期、式典毎に宮廷に呼び出されるので、家族で楽しめた筈の行事に居られない事もあると言う。


「なので、餅は餅屋……要は、専門の者に頼む事も手ではあります」


「うん、つまりベビーシッター?」


「ええ。乳母が要るかは分かりませぬが」


「できれば自分ので育てたいかも。そんな気持ち」


あと、おばあちゃんも『あなたなら、根を下ろせるからその方がいい』とか言ってたような、と薬術の魔女は呟いた。根を下ろせるってなんだろう、と首を傾げる。


「然様で。成らば其方は他者の魔力が混ざらぬよう、乳母ではなく人工乳を使いましょうか。ずっと貴女だけで行えば、貴女が疲れてしまう恐れも有りますので」


「うん。だけど逆に、きみの方こそ大丈夫? 他人をお家に入れちゃう事になるけど」


 彼が今まで人を雇わず式神で用事を済ませていた事を思い出し、訊いた。裏切られる事を不安に思っていたのだったか。


「……貴女の負担を考えすれば、其れくらい如何でも良いのです」


「……そうなの?」


魔術師の男を見ると、彼の表情はあまり変わっていなかったが、柔らかい表情でこちらを見つめていた。


「然様です。(そして)、問題の在る場所には入れなければ良いだけの話で御座います」


「そっか」


 きみが気にしないならな良いよ、と薬術の魔女は頷いた。


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