はじめての6
薬術の魔女の店は相変わらず盛況だった。
確かに魔術師の男の姿を見て店に入った者も居たが、大半は店の商品に興味を示して購入していった。
虚霊祭では昼間に菓子を配る店と夕方に菓子を配る店があるが、薬術の魔女は昼間の方だ。
「夕方に配りたい」と主張したところ、「婚姻の儀のお時間をお忘れですか|」と言われ渋々諦めた。
それに、夕方に菓子を配るには、事前に政府へ届け出を出す必要があった。
彼女が思い立った時には少々手遅れで、来年は間に合うようにしようと薬術の魔女は決意する。
そうして、予定通りに昼頃には菓子を配り切った。
「全部無くなっちゃったねー」
「そうですね。余るかと思うておりましたが」
配り終わったので店仕舞いを行う。
魔術師の男が見た限り、商品や彼女に不用意に手を出す者も面倒な客も居なかったので安堵した。
……実際は、どこからどう見ても対にしか見えない格好で、不埒な接触を諦めた者も少々居たのだが。
店仕舞いを終え、薬術の魔女は魔術師の男の手を引いて露店街へ繰り出す。
衣装は、食べ物や雑踏では汚れないらしいので、気にせず動けるのだ。
賑わう露店街を見て回り、薬術の魔女が興味を抱いた店を指しては魔術師の男を引っ張ってその近くまで行く。彼は露店に興味が無いないのか、大人しく手を引かれるままだった。
そして、沢山の食べ物や商品を見たり購入したりし、薬術の魔女は虚霊祭を満喫する。
「こんなに楽しかったの、初めてかも」
口いっぱいに食べ物を頬張りながら、薬術の魔女は言葉を溢した。彼女が食するものは、味付き野菜に薄く焼いた穀物粉の生地を巻いたものだ。
「友達と回ってたけど、よく変な人に絡まれてたから」
それに、いつのまにかはぐれてしまう事もあったのだと言う。
「あ、でも。アカデミー4年生からは、きみのお守りのおかげか、あんまり怖いこともなかったよ」
薬術の魔女は、「それまでは、おばあちゃんがくれたお守りだけを持ってたけど」と呟いた。
「きみの作ったお守りはよく効くみたいだから、お菓子を配った子達も安全だったら良いなぁ」
「然様ですか」
思いを馳せる彼女に、魔術師の男は淡白に相槌を打つ。
以前、彼が学生だった薬術の魔女に与えた守りの札よりは大分手抜きだが、そこら辺の札よりは効果はあると自負している。だから、心底どうでも良かった。
「きみが成人する前は、虚霊祭をどう過ごしてたの?」
「私、ですか」
「うん。ちょっと興味ある」
きらきらとした目で見上げ、引き下がるつもりは無いらしいと悟る。
「私は……肉体を持たぬ脆弱な精霊等、我が術で返り討ちにしておりました」
「かえりうち」
意外な言葉に、薬術の魔女は思わず魔術師の男の言葉をおうむ返しした。
返り討ちにしていたのは事実だ。
しかし実のところ、魔術師の男の魂自体は混ざり物がある為に歪んでおり、精霊が回収出来ないものに変質していた。だから、返り討ちにしなくとも平気だったが、その事は伏せておく。
「……呪猫の地では、精霊を捕獲出来る良い機会だと、捕獲用の術式を用意している場所もありますね」
そう、彼は答えた。
虚霊祭の日の夜、基本的には誘いの魔獣と拐かしの精霊と呼ばれるものが襲いに現れる。しかしその他にも、空気感に触発された別の精霊等も来るのだとか。
「わたし、成人の儀は終えたけど大丈夫かなぁ」
虚霊祭の夜に襲来するそれらには、成人の儀を迎えると襲われなくなるとされる。
薬術の魔女は、以前虚霊祭の夜に札の効果が弱まった結果、精霊に魂を取られかけて少し怖い目に遭っていた。その事を思い出し、札が無いのは不安だと零す。
「大丈夫でしょう。私も居りますし。私から離れなければ、仮に虚霊が襲いに来ても問題は無いかと」
魔術師の男は安心させるよう、彼女に告げた。
「そうなんだ?」
「はい」
と、魔術師の男が頷いた所で
「あ、居たわよ」
「おーい」
薬術の魔女を呼ぶ声がする。
振り向くと、薬術の魔女の友人3人がこちらに向かっていた。
友人Aと友人Bと転校生その2だ。
軽く、魔術師の男は3人に会釈をする。
「あ、みんなー」
ぱぁっと顔を輝かせ立ち上がり、薬術の魔女も友人達の方へ小走りで向かった。
虚霊祭の終わりに行う婚姻の儀や仮装の事を、彼女は友人達に話していたのだ。
そして、友人達に「なら、儀式の前でいいから姿を見せて」と頼まれていた。
「やっぱり、お化粧が薄いわね。もっと可愛くしてあげるわ」
薬術の魔女の顔を見て、友人Aは少々不満げに言い、
「そうだね。あと、髪型ももう少し変えたい。いい感じのアレンジがあるんだよね」
全体の様子を観察し、友人Bも腕を組みながら言う。
友人達から散々な言われようだ。
「ちょっと、魔女ちゃんをお借りしますねぇ」
その2は少し、申し訳なさそうに頭を下げた。
「……どうぞ」
承諾し、引っ張られていく薬術の魔女を見送る。
その隙に、魔術師の男も変身の魔術式を解き、少々身なりを整えた。
それから程なくして、ベールで顔を隠された薬術の魔女が友人達に連れられて来る。
ベールで顔が見え辛い上に、彼女は俯いていた。
「なんだか恥ずかしがってるみたいね」
「今更なのに」
そう、友人達は微笑ましそうに笑う。
「私達の友人を、よろしくお願いしますね」
最後に、友人達は祝福の言葉を掛けて去っていった。
「……では、行きましょうか」
「……うん」
差し出された彼の手に、彼女はそっと手を重ねた。
今から、結婚の契約を結びに宮廷へ行く。
いよいよ、婚姻の儀を迎えるのだ。




