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薬術の魔女の結婚事情  作者: 月乃宮 夜見
はじめてのおはなし

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はじめての4


 虚霊祭を二日後に控えた日。


 明後日が婚約する日なので休みを取っていた魔術師の男は、式神に朝食を作らせていた。彼自身はソファに腰掛けゆったりと(くつろ)ぎ読書をしている。


「……」


 ちらり、と彼はとある方向に視線を向けた。その方向には、薬術の魔女の部屋がある。

 普段通りならば、今は恐らく彼女はまだ眠っているはずだ。

 しかし、なんだか彼女の部屋から、そわそわしている気配を感じていた。


 丁度式神が朝食を作り終えたところで扉が開き、身支度を終えた薬術の魔女が姿を現す。


「お早う御座います」


「ん、おはよ」


挨拶を返すなり、とてて、と彼女は小走りで彼に近付いた。


「何か、嬉しい事でも有りましたか」


「おばあちゃんがね、衣装ができたから来てって!」


ほら! と、薬術の魔女は手紙を見せる。その表情は、キラキラと期待と嬉しさが溢れそうだった。


「……私もですか」


 魔術師の男は確認するように問いかける。そして顔に差し出された手紙を身を引きつつ確認した。


「うん。『旦那さんも連れてきてね』って」


真っ白な手紙に銀色の文字で書かれているそれは、やや読み辛い。だが、読み取れた内容は確かに薬術の魔女の告げた通りだ。


「えっと。まだ結婚してないけど、おばあちゃんの中では結婚は決定事項みたいだから『旦那さん呼びしても構わない』とか言ってた」


 挨拶には行けてなかったがどうやら認めているらしい。


 それはともかく、手紙の内容に魔術師の男は少々困惑する。


「以前申し上げた通り、私は『古き貴族』の呪猫の者です。魔獣の血が流れていると言われる故に、神聖な地とされる貴女の故郷、不可侵領域の森に踏み入られない制約が有るのですが」


どうせ彼女は覚えていないだろうと、やや説明的に懸念材料を伝えた。


「んー、そこよくわかんないけど。おばあちゃんに会ったらわかると思う多分」


「何と曖昧な」


「朝ごはん食べた後でいいからさ、おばあちゃんのとこに行こ?」


「……分かりました」


×


 朝食と身支度を済ませ、2人は移動の魔術式で不可侵領域の森の付近に着く。同時に、魔術師の男は周囲の気配を探った。

 薬術の魔女の身内、そして不可侵領域の森に住んでいるならば()()()()()だろうと考えたからだ。


「あ、いたー」


「っ!」


 嬉しそうな彼女の声に、咄嗟にその方向を見る。


「おかえりなさい」


 そこには、優しく微笑む、白髪に銀の瞳の人が居た。


「おばーちゃん!」


 満面の笑みで、薬術の魔女は白い人の方へ駆けていく。


「(……()()()()()()()()()()()())」


 初歩的な感知()()、出来なかった。表には出ていないが、魔術師の男は呆然とその白い人を見る。


「まだおうち着いてないよ?」


「でも、こういう時ってそう言いますよね?」


「どうだっけ?」


固まる彼をよそに、2人は呑気にずれた会話をしていた。


「初めまして。そしてようこそ、不可侵領域の森へ」


 近付いた魔術師の男を見、白い人は笑いかける。


「……、そうですね。挨拶が遅れました」


 にこ、と笑みを浮かべて彼は会釈した。


「あれ、違いましたか。ええと、心配性な旦那さんですね」


「はあ。……彼女から、お話は予々(かねがね)


「あらー、なんだか他人行儀」


白い人から手を差し出されたので礼儀通り、一瞬だけ軽く握手をして手を離す。と、


「なるほど、食い込んでる。というか、混ざってる? 確かに厄介な」


じぃっとその()()()()()()()()、白い人は呟いた。


「……何か?」


「こちらの話です。……そうだ」


ぱっと顔を明るくさせ、


「いつか、君の()()を取り除いてあげます。うちの子を(めと)ってくれたお礼に」


白い人はそう告げた。


 随分と悠々自適で飄々(ひょうひょう)とした大様(おおよう)な方のようだと、魔術師の男は内心で嘆息する。さすがは薬術の魔女(小娘)の育ての親だ。


×


 白い人に案内されて辿り着いた場所は、不可侵領域の森の手前だ。そこに、綺麗めな小屋がある。


「狭いけど。どうぞ、入ってください」


 扉を開き、2人を招き入れた。小屋は、随分と上背のある魔術師の男が身を屈める必要がないくらいには、天井が高くとられている。

 内装は木を基調にした、一般的な木こり小屋だ。


「おばあちゃん、ここって?」


 周囲を見回しながら、薬術の魔女が問うと


「ん、あなたの旦那さんが猫魈の子だって聞いたから、作ったんです。ここなら森に入らなくても大丈夫でしょう?」


そう、白い人は和かに返した。


「わざわざ作ったの?」


「んー、なんと言いますか。きっかけがそうだっただけで、以前から作ろうとは思っていたんです」


 3年ほど前に作ったのだと、白い人は答えた。それ以来、外からの客への対応もこの小屋で行なっているという。


「ほら。森に踏み入られなくて済むなら、それに越したことは無いでしょう? わたくしも、お相手の方も」


 確かに、行方不明になりやすい不可侵領域の森を怖がっている者はたくさんいるのだ。

 それに、森の中には貴重な動植物等が生息しており、森を恐れない密猟者や無遠慮な者の手で環境を崩される事を白い人は嫌っていた。


 3年前、と言うと薬術の魔女と魔術師の男が相性結婚で会ってから少し経った頃だ。いくらなんでも早過ぎるのではないのか。


「それで、これが作った衣装です。自信作だから、是非とも着てくださいね」


 と、虚空から衣服を2着取り出す。そして、それらを浮かしたまま、2人の側まで移動させた。


「わー綺麗!」


 取り出された衣服は、薬術の魔女がデザインした仮装用のドレスとスーツだ。


「(……妖精の作った服、か)」


キラキラとした衣装を眺め、魔術師の男は嘆息した。

 デザインは少々アレンジしてあるようで、見る者が見れば祝福が存分にかかっているのが分かる。


「折角だから、衣装合わせしてみませんか。大きさが合ってるか気になっていて」


 そう、白い人に提案されたので、2人は作られた衣装を着ることになった。


×


「わーぴったり!」


「変な所は無いようですね。よかった」


 衣装を纏って嬉しそうな薬術の魔女に、白い人は満足そうに頷く。衣装は布をたっぷり使った見た目に対して軽く、それでいて丈夫そうだった。


「あなたも、大丈夫ですか?」


「ええ、何処にも問題は無く。……私は上背があるので、制作が大変だったのでは」


 布地の量や縫い合わせる箇所等、面倒があっただろうと、伺うように制作について問えば


「楽しかったので全く問題ないですよ。是非とも、うちの子を幸せにしてあげてくださいね」


そう、白い人は微笑んだ。


×


 薬術の魔女の『おばあちゃん』から衣装を受け取ったので、2人の用事は済んだ。だが、薬術の魔女は「折角だし、周辺の街とか見に行かない?」と提案する。


「ほら、…………赤ちゃんができたら必要になるものとか、あるしさ。ちょっと見に行くだけでいいから」


 自ら提案したくせをして、彼女は羞恥からか顔を紅潮させ、俯いてしまった。


「そうですね。主には政府()(たまわ)りますが、何か品物が足らぬ可能性も有りますし」


特に用事もないので魔術師の男は了承し、空間魔術で衣装を先に家へ送った。

 そうして、2人はほど近い街へ向かう。


「……随分と、お若い方ですね」


 少し歩いて街の中に入った時、(おもむろ)に魔術師の男は口を開いた。薬術の魔女が『おばあちゃん』と呼ぶ白い人は、老人と呼ぶには随分と若い見た目をしていたからだ。


「ん、ずっとそうなんだ。不思議だよね」


 気が付いた時から既にその見た目だったのだと、彼女は頷く。


「何故、お祖母様呼びをなさるので」


「髪が白いから」


「……そうですか」


短絡過ぎるそれに、絶句する。


「それと、お母さんじゃないって言ったから」


……偉大なる母(グランドマザー)ということか。と、魔術師の男はどうにか納得した。


「あの衣装、丸で新郎新婦かの(ごと)き様相でしたね」


「結婚するんだからさ、それに合わせたデザインにしようかなって」


 綺麗だったでしょ、と薬術の魔女は嬉しそうに答える。


 まあ、そうなるだろうとは彼も予想は出来ていた。しかし、仮装であの格好をするとはかなり珍しいのではないのか。

 そう思いつつ、意外と彼女が婚姻の日を楽しみにしている事が分かり、魔術師の男は安堵した。


「……(ところ)で」


 街中で見るだけ(ウィンドウ)のお買い物(ショッピング)をする最中で、魔術師の男は声をかける。


「ん、なーに」


彼女は振り返らない。


「貴女は、お祖母様に幼名で呼ばれていらっしゃるのですね」


「んー、今までそう呼ばれてたし気にした事もなかった。というか、きみもそれで呼んでるでしょ」


商品を眺めつつ、薬術の魔女は言葉を返した。


「あ、そういえば。きみのこと、ちょっと呼び間違えてたね」


 どうしてかな、と振り返り魔術師の男を見上げる。


「えっと確か、」


名を口にしようとした直後、


「……以前申した通り私には、()()()()()()()()


魔術師の男は(さえぎ)る様に、告げた。


「……うん?」


「呪猫の家では能力の高い者は付けられた名を変える事なく、要は幼い頃に付けられた名の儘で一生を終えます」


 付けられた名は幼名でも洗礼名でもない。だから、成人の儀でも洗礼は受けていないのだと彼は言った。


「そうだったね」


 そういえば前も聞いたなと、薬術の魔女は頷く。


「あの名は、()()()()()()()()()()()()()です」


「そうなんだ」


幼名がないなら、いつもの彼のようにそれを呼んでからかうことができないなぁと、彼女は呑気に思っていた。だから、彼をあだ名で呼んで揶揄(からか)おうとした訳だけれども。


「(……何故、其れを知っておるのだ)」


せめて血縁ぐらいしか知らぬ筈のそれを、どうして。

 単なる呼び間違いではなく、意図的にそう呼んだように思えた。

 魔術師の男は得体の知れぬ何かを感じ、深追いはしないでおこうとひっそりと目を閉じ息を吐く。


 兎も角、すべきことも終わったので、あとは虚霊祭の当日を迎えるだけだ。


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