はじめての3
次の日、仕事を終えると薬術の魔女は菓子の材料を大量に購入した。
その買い物には仕事の関係上、魔術師の男が付いて行く事が出来なかったが、代わりに式神を寄越してくれた。
「荷物持ちにでも使いなさい。多少は役に立つ筈です」
だそうだ。
他にも、式神は必要な材料の場所を教えてくれたり、屋敷に無い調理器具を教えてくれたりした。
「式神さん、ありがとね」
家に着くと、薬術の魔女は調理場に向かおうとする式神に礼を告げる。礼を言われたらしいと判断したようで、式神も荷物を持ったままで会釈した。
「材料は揃ったしあとは作るだけかー」
ぽふんと居間にあるソファに腰掛け、ぼんやりと天井を見上げて思案する。それに、菓子作りの他にも仮装用の衣装も作らねばならない。
「服、デザインはできたんだけど……」
悩ましげに溜息を吐く。気に入った布がないのだ。
「……はっ!」
唐突に何か、きゅぴーんっ! と気付きを得る。まるで、神の啓示のように。
立ち上がり、彼女は作業用の部屋へ向かった。
「おばあちゃんに頼んだらなんとかなりそう!」
そのまま、思いつきのままに、彼女は土を捏ね始める。
そして。
「できたー! お手紙お届け3ごーちゃん!」
ててーん! と集中線と効果音が付きそうな勢いで小さなゴーレムが出来上がった。店の手伝いを行う人型のごーちゃんや2ごーちゃんと違い、今回は簡単に素焼きで小さな、丸っこいデフォルメチックなゴーレムだ。
手順を省略し数時間程度で作った簡易的なものだが、きちんと動いた。
「いってらっしゃい、3ごーちゃん」
手紙を持たせると、ぴょこっと立ち上がり、とてとてと辿々しく歩く。そして、ぴょいっと壁をすり抜け姿を消した。
「届くといいなー」
ふへへ、と柔らかく笑い、思いを馳せる。
×
「って事で、お洋服はおばあちゃんが作ってくれるって」
魔術師の男が帰ってくるなり、満面の笑みで薬術の魔女は彼に報告した。
「話が全く見えないのですが」
普段通りの冷ややかな表情で、彼は腕を組み首をやや傾ける。
仮装の服で悩んでいる事は知っていたが、何故、彼女の『おばあちゃん』が作る事になっているのだろうか。
「ん、虚霊祭の仮装の材料で悩んでるってお手紙出したら、『じゃあ作るの任せて!』って。1日前くらいには完成するんだって」
「成程」
相槌を打ちつつ、魔術師の男は彼女が抱えている小さな素焼きのゴーレムを見る。その視線に気付いたらしく
「この子、お手紙お届け3ごーちゃん!」
むふーっと、薬術の魔女は自慢気に掲げて見せた。それは人の頭程度の大きさで、卵型の胴体に長い腕とやや短く太い足が生えている。
「(……空間移動の術式が込められておる)」
『ごーちゃん』などという、どうしようもない名前に色々言うのは諦めた。彼女の感覚だからだ。
魔術師の男はゴーレムの名前や形状よりも、仕込まれている術式に注意を向けていた。
空間移動の術式の使用は、色々と問題や制限があるために国家資格となっている。それを無意識で使うのは余りにも危険だった。場合によって違法として捕縛せねばならなくなるのだ。
「……はぁ」
小さく、溜息を吐く。何か問題が起こる前に、早急に免許を取らせるべきだと決めた。
「どうしたの?」
「いえ。貴女に丁度良さそうな資格が有った事を思い出しまして」
「ふーん?」
首を傾げる薬術の魔女に、魔術師の男は微笑む。
「(……斯様な瑣末事で、奪われて堪るものか)」
せっかく結婚をするというのに、彼女がうっかり違法行為をして引き離される等、堪ったものじゃない。
もしかすると、彼女には取らせる必要のある資格や教え込まねばならない色々がまだあるかもしれない。
×
それから、虚霊祭の三日前。
薬術の魔女は虚霊祭の日のために、魔術師の男と共にお菓子を作る。
「えへへ、ありがとう」
にこにこと薬術の魔女は笑みを浮かべ、横に立つ魔術師の男を見上げた。
彼はやることがあるらしいので、というより虚霊祭の菓子に付ける札を作ってくれるらしいので、菓子の数を把握したい序でに菓子作りも手伝うと言ってくれたのだ。
現在の2人は共に、口元に清潔な布を巻き、髪もきちんと縛って上から同じく清潔な布を巻いた状態である。
「はい、これが材料」
清潔なゴム製の手袋に覆われた手で、薬術の魔女は菓子の原材料を調理台に置いた。
味付けは、魔力の性質に合わせて4種類もある。消え易い浄化魔力、染み込む侵食魔力、高火力の起爆魔力、消え難い残留魔力である。
「味付けは最後だから、まずは全部合わせてー」
薬術の魔女は楽しげに調理場を動き回っていた。その様子を流し目で見ながら、魔術師の男は淡々とバターを溶かしたり混ぜ合わせる材料の分量を測ったりする。
「ふんふーん、おいしくなぁれー」
彼の整えた材料を渡された順に混ぜ合わせ、彼女は鼻歌混じりで調理を行った。
「……其の唄は何です」
少しして、薬術の魔女の歌うそれがひと段落した時に、魔術師の男は問う。
「え、『おいしくなぁれの歌』だよ」
なんか変だった? ときょとんとした顔で彼女は訊き返した。
「……そうですか」
それには答えず、彼は相槌を打った。今回初めて聞いたが、恐らく呪いの類いだろうと見当をつける。
「うん! 料理によって歌い方や音程とか変わるけど、『おいしくなぁれ』って強くお願いしながら歌うんだ」
「おばあちゃんが教えてくれたのー」という薬術の魔女の声を聞きながら、魔術師の男は祈りの方だったかと、割とどうでも良い事を残念がった。
それから材料を冷蔵庫で冷やす際にも「おいしくなってねー」と声を掛け、予熱で温めたオーブンで加熱する際にも「おいしく焼き上がってね」と歌いながらオーブンの前で待っていたのだ。
「よし、できたー」
と、綺麗に焼き上がった菓子達を見て、薬術の魔女は満足気に頷く。
「(……有り得ぬ程に、多量の魔力が篭っておる)」
キラキラと光って見えるそれは、薬術の魔女のものでも魔術師の男のものでもない、自然発生の魔力が溢れていた。
「……とても美味しそうに出来上がりましたね」
そう薬術の魔女に笑い掛ければ、「でっしょー!」と嬉しそうに彼女も笑みを浮かべる。
しかし、この魔力量だと食べ辛い者も現れるだろう。なので、袋に詰めた後に魔力を吸着する石を近くに置いておこうと魔術師の男は小さく息を吐いた。




