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薬術の魔女の結婚事情  作者: 月乃宮 夜見
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必要とされる。


「帰りましょう」


 きらきらと煌びやかに光る山の中で、魔術師の男は薬術の魔女に声をかけた。


「……うん。わたしも、急にいなくなってごめんね」


優しい声色に、彼女は自然に言葉を溢した。


「いいえ。こうして見つかっただけで宜しいのです」


 そう彼は告げると、薬術の魔女の右手に触れる。


「え、なに?」

「……(はぐ)れぬ様、手を繋いでも宜しいですか」


不思議そうな彼女に、魔術師の男は恐々と訊いた。


「ん、いいよ」


 許可を得るなり、魔術師の男は彼女の右手を握る。そして、繋いだ自身の左の手で握り込み、少し力を込めた。手をしっかりと握らなければ、ふと目を離した隙に消えてしまうやもと、魔術師の男は不安だったのだ。


「『はぐれないように』なら、こっちの方が良いんじゃない?」


言いつつ、薬術の魔女は握られた手を少し開く。そして彼の指の股に指先を滑らせて、きゅ、と指を絡ませ握り込んだ。


「……此れは」


手の平同士を合わせて、双方の指を交互に重ねる繋ぎ方。

 それは所謂(いわゆる)、恋人繋ぎ、と言うものだ。


「ふふー。これだったら、はぐれないでしょ?」


「…………そう、ですね」


答えつつ、今が薄暗い時間帯で良かったと、魔術師の男は心の底から安堵した。酷く顔が熱く、きっと、隠しようが無い程に顔が赤くなっている。


 基本的に手の平には魔力放出器官があり、そこは神経が詰まっており敏感で繊細な場所だ。その場所を密接に触れ合わせる様な手の繋ぎ方は、家族間や兄弟同士でも滅多に行わない。

 要は本物の仲の良い恋人か夫婦、親密なパートナー同士でしかできない特別な繋ぎ方である。

 そんな繋ぎ方を、薬術の魔女の方からしてもらえるとは魔術師の男は思いもしていなかった。


「きみの手、やっぱりおっきいね」


 にぎにぎと、薬術の魔女は楽しそうに手を小さく動かす。


「……あまり、動かさないで下さいまし」


 その行為に魔術師の男は少し顔をしかめ、少し視線を逸らした。

 互いに手袋を着けているものの、薬術の魔女の馴染み易い魔力は否が応でも魔術師の男の方へ染みてくる。その上に、温かく柔らかい彼女の手の平が触れて少し気が散ってしまうのだ。


「んー、どうしよっかなー」


楽しそうな薬術の魔女に、小さく溜息を吐いた。


×


 山の麓にまで辿り着くと、魔術師の男がすぐに移動の魔術式を組み、2人は屋敷に帰り着く。


「なんかおうちに戻るの、久しぶりな気がする」


「然様ですか」


 とは言ってもたった1日空けただけだ。屋敷に着くと薬術の魔女はあっさりと手を離し、


「ただいま」


と、彼に告げる。


「はい。お帰りなさいませ。貴女の御帰宅を心よりお待ちしておりました」


玄関に足を踏み入れた彼女に、魔術師の男は丁寧に答えた。


「そんな大げさな」


 やや戸惑った様子を薬術の魔女は見せるものの、魔術師の男にとっては本心なので、彼はただ笑っただけだ。


 室内灯の明かりのお陰で、互いの様子がよく見える。


「……結構服が汚れてるね?」


魔術師の男の足元や色々に目を向け、薬術の魔女は首を傾げた。

 彼は宮廷から着替えずにそのまま山の中に入ったので宮廷魔術師の綺麗なローブを(まと)っている。その衣装の足元や裾が土や枝、葉先などど擦れ合ったのか、随分と汚れていた。


「お構い無く。直ぐに綺麗に出来ます故」


言うなり、魔術師の男は懐から筆を取り出す。そして床に魔力の筆で真円を描くと


「『宣告。“空間指定”(そして)“洗浄”』」


と呟いた。直後、輪が常磐色に光り、そこを魔術師の男は踏む。彼が輪から出ると、服はすっかり綺麗になっていた。効力を発揮したからか、輪は消える。


「……此の様に、問題等有りませぬ」


「ん……そっかー」


 つん、と魔術師の男は澄ました様子で居るものの、自身に構わず山まで入ったのかと、薬術の魔女は彼の焦りを知った。


「とりあえず、きみがお風呂に先に入っててよ。わたしがご飯作っておくからさ」


 そう、薬術の魔女が提案すると、魔術師の男は不安そうに視線を彷徨(さまよ)わせた。


「なにさ。そんなに信用ない?」


「いえ……」


「もー。きみの元から絶対的に離れないって約束してあげるから!」


「其の様に、容易に約束なさって平気ですか」


「いいよ。わたしがそう決めたんだから」


そこまで言われてしまったので、魔術師の男は彼女の言葉に従う。


 だが、風呂に入り身を清めている間にも、彼女が居なくならないか不安だった。


×


 夕食を用意していると、風呂から出たらしい魔術師の男と目が合う。途端に彼は目を逸らしたが、目が合ったその刹那に、彼が安堵したのが分かった。

 髪を乾かす時間すら惜しかったのか、少し髪が濡れたままだった。


「……貴女は、私と結婚する気は有りますか」


 目を逸らしたままで、彼は問う。


「あるよ。ってか何のために婚約の腕輪を身に着けてると思ってるのさ」


「……失礼。成らば」


 魔術師の男は立ち止まっていた薬術の魔女にそっと近付き、


()し、貴女が他の者に目移りしたらば……私は、直ぐ様に呪い殺してしまうやもしれません」


真っ直ぐ目を見て告げた。


「なんて物騒な」


と、薬術の魔女は戸惑うも、


「それって『目移りしたわたし』と、『目移りさせた対象』どっち?」


と問うてみる。


「……ふふ。『目移りさせた対象』ですなァ。ですが、其の後に貴女を殺してしまうやもしれませんので。()()()()()()()()


 彼女の問いかけに対し、なぜか彼は薄く微笑んだ。


「嗚呼、貴女が亡くなった場合、私も後を追います故御心配無く」


「こっわ」


 つまり、薬術の魔女が浮気でもしようものなら()()()()()3人は死ぬ。場合によっては、もっと増えるかもしれない。そのつもりは毛頭もないが、誤解させないよう気を付けよう、と固く誓った。


「あのさ……結婚するって事は、前みたいに、触ることも……あるのかな」


 ふと気になり、魔術師の男に問いかける。前みたいに、というのは相性について問うた時のことだ。

 あのように気恥ずかしくむず痒いような触れ合いをするのなら、少し心の準備が必要だと薬術の魔女は思う。


「其れは、ゆっくり触れ合えたらで良いと思いますが」


 口元に手を遣りつつ、魔術師の男は答えた。


「……わたしが『やだ』って言っても、怒らないでくれると嬉しいな。きみを嫌う訳じゃないからさ」


「はい」


 その返事を聞き、もう大丈夫そうだと薬術の魔女は安堵する。


×


「……共に、寝てくださいませんか」


 薬術の魔女が髪を乾かし風呂場から出たのち、魔術師の男は乞う。


「一緒に、寝るの?」


「……他に場所が無い為、私の部屋ですが」


 首を傾げると、気まずそうに彼は目線と顔を少し逸らした。


(ただ)、側に居るだけで良いのです」


「ん、いいよ」


「……感謝致します」


「わっ?!」


 許可すると、彼は薬術の魔女を持ち上げる。そしてそのまま彼の自室に入る。


「……あれ、なんか前より散らかってない?」

「…………気の所為では」


 実は薬術の魔女を卜占で探すに当たって、魔術師の男は片付ける間すら惜しんで色々な道具を出したり雑に端に除けたりと、屋敷内を散らしていたのだ。

 しかし、式神が自動的に屋敷内の世話するよう初めから命令式が組み込まれているので、放置していても部屋が散れっぱなしということはない。ただ、手入れの指定をしていない個人部屋の方はそうではないが。


 周囲を見回す薬術の魔女を、魔術師の男はそっと寝台に下ろした。

 見下ろされながら、何をされるのだろうかと内心で首を傾げる。


「御容赦をば」


 ゆっくりと彼は寝台に入り、魔術師の男は彼女を向かい合わせで抱き締めた。

 彼の顔が首元に有り、腕は胴体に巻きついている。


「おーよしよし?」


と、戸惑いながらも、魔術師の男の背中を撫でたのだった。


 それから少しして、彼は静かになる。

 どうやら、寝入ってしまったらしい。きちんと眠ったのか確認し、


「えへへ、かわいーねー」


抱きつく魔術師の男の背中を撫で、薬術の魔女は微笑む。


「面と向かって言うのはちょっと恥ずかしいし」


 縋り付くように抱き付くその様子は、大事なものを抱きしめるようで、その様子がまるで子供みたいだと思えた。


「……あれ」


寝顔をよく見ると彼の目の下に薄らと隈があり、寝ずに探してくれたんだと察する。

 そして、少し反省した。


「(ちょっと、かわいそうな人だなぁ)」


 なんでもできるのに、なにも持ってないと思い込んでる()()()()()


 そう思うと、きゅう、と胸が苦しくなった。この人はきっと、本当に薬術の魔女自身じゃないと駄目なのだと。


 微笑み、薬術の魔女は彼に口付けを落とした。


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― 新着の感想 ―
[一言] どちらが子供か判らないことが楽しい。
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