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薬術の魔女の結婚事情  作者: 月乃宮 夜見
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背理の枝。


 次の夜。

 魔術師の男は帰ってくるなり、出迎えに来た薬術の魔女を静かに見下ろし、


「気の所為(せい)では無い様ですね。矢張り、知らぬ男の(にお)いがします」


と、少し顔をしかめた。


「におい」


突然変なことを言い出したぞ、と薬術の魔女も怪訝な顔をする。

 あの時、一瞬だけにおいを嗅がれていたかのような気がしていたが、気のせいではなかったらしい。


「ああ、矢張り彼女を外に出した事は間違いでしたかね。魂の気質を鑑みれば、余計な虫が付くと予想は出来た。然し、人除けの(まじな)いを施せば店の客足に影響が出るだろうと控えて居りましたのに。男避けも客層に問題が出ぬ様にと態々施さなかったというのに」


「なに?」


 口元に手を遣り、魔術師の男は低い声でぶつぶつと言葉を零す。それに薬術の魔女が問うも、彼は聞いていない様子だった。


「此の儘では依り面倒な虫が付く。貴族やら権力持ちに言い寄られでも()れば、平民である彼女も拒めぬでしょう。全く妖精の気質とは厄介なものですね……他者を引き寄せる魔性の魂、でしたか。……兎も角。私の、……(大切な)……に手を出されては堪らぬ。早々に対処をせねば。取られてなるものか、奪われて堪るものか」


言葉も早口で、何を言っているのかさっぱりだ。取り残されたような気分になり、薬術の魔女は口をへの字にする。


何方(どなた)ですか」

「なにが?」


 眉間にしわを寄せ問いかけるも、彼は答えてくれる様子がない。薬術の魔女の問いかけを無視して


「……いえ。貴女の口から男の話が出るのは聞きとう無いので、此方で」

「んむ、」


呟くなり、口を塞ぐように頬のあたりを掴まれる。そして、彼の虚ろな目と視線を合わせられた。

 常盤色の深い緑の虹彩は相変わらず綺麗だが、その奥にある魔獣の様な色は。


 思考していると以前の彼に無理やり目を合わせられた時のように、目の奥が魔術師の男の目線と繋がったかのような感覚に陥った。

 すごく嫌な感じだ。中身を暴かれるような、無理矢理剥ぎ取られるようなそんな気持ちになる。


「……はて」


 それから数秒後、彼は首を傾げる。


「え、何?」


急に何をするのだと、薬術の魔女は魔術師の男を見上げた。


「…………記憶して居ない程に、如何(どう)でも良い方……という事ですか」

「……」


 その声色は、心底安心している様子だった。しかし、薬術の魔女の心境は心底よろしくない。彼の発言からするに、今の行為で、彼が『記憶を見た』らしいと知ったからだ。

 どういった方法かは知らないが、勝手に人の記憶を覗くなんて、と、自由を奪われた心地になった。


「……成らば、其れで宜しいのです」


そう薄く微笑み、魔術師の男は薬術の魔女を抱きしめようとする。


「ね、なんかそれいや」


腕を胴体に回された時、彼女は彼を見上げてやや硬い声で訴えた。引き寄せようとするそれを、彼の胸板を押し抵抗の意を見せる。


「何故」

「なんか嫌」


顔をしかめて告げると、魔術師の男はやや不快そうな表情になった。


「……………………私を、拒むのですか」


声の温度が少し下がる。


「そういうつもりは、無かったんだけど」


 薬術の魔女が何となく『いや』だと感じたのは、彼からの接触を無自覚に『捕獲されている』と感じているためだった。事実、彼は()()()()()()()()()()()()()で安心しようとしているのだ。


「……それに、においの話だったら、きみだってちょっと女の人の香水のにおいするよ」


 魔術師の男を振り向き見上げ、薬術の魔女は告げる。


「女物……あぁ、此の間に私の研究室へ就いた部下のものでしょうか」


なんともない様子で彼は答えた。


「え、部下って女の人だったの?」


女性の宮廷魔術師は珍しいと驚く。


「……他の人は?」


「私の様な出来損ないの元に人が集まるとお思いで?」


 問えば、彼はハッと自身を鼻で笑った。


「きみは出来損ないじゃ無いと思うけど」


言っても、どうせ彼は認めてくれない。そういう風に気質が歪んでいる。


「まあ。奴以外に劣るつもりは有りませんが。私の話等、如何(どう)でも良いのです」

「んー」


どうでもよくないよ、と言い返す前に魔術師の男は薬術の魔女に詰め寄った。


「私という者が居ながら、他の男に言い寄られているとは」

「へ?」


「いけません。えぇ、実に宜しくない」

「何の話?」


 聞いても答えてくれないことは知っていた。


(そも)如何(どう)して貴女は……周囲の好意に随分と鈍く、其れでいて周囲に好意を振り撒くのでしょうね。私の腕に捕えてしまえば、其れは無くなるのでしょうか」


低く呟き、彼は何か思考している様子だ。


 凄く、悲しくなった。


「(……落ち着こう。)」


薬術の魔女は、小さく、深呼吸をする。


「ね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


「……突然、何ですか」


「なんでもないよ。もういいもん」


すごく、重い。


「……『もう良い』とは?」

「…………なんでもないよ」


 『支えを欲して伸びる枝は、やがて支えを締め上げて殺す』なんて話を、少し思い出した。


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